たけさんのzakki

take0606の日記

twitterも含めSNSは、多様性と対極にあるらしい

炎上芸で有名な某芸人さんが絶賛炎上中らしい。

彼のツイートを僕も見たが、正直、バカな事を言っているな、相変わらずだな、と思った。まぁ、これもいつも通りの感想であり、何もかも日常で、某芸人さんにとっても通常運行なのだろう。彼にとっては炎上芸を全うしたまでで、役割を演じただけかもしれない。

ただ、僕の思うところはそれではない。

炎上するたびに、そして、主義を異する者同士がネット上で罵り合いにまで発展していく様の中で、「実名で発言しろ!卑怯ではないか」みたいなものも散見する。

ただ、やはり、これも違うと感じていて、確かに卑怯であるという話は理解する。勿論、名無しで偉そうな事を言うのは卑怯だ。

が、僕が思うのは、そこでも無い。

 

冒頭の炎上芸で有名な某芸人さんも、実名でツイートしている。当たり前の話だ。彼らはtwitterをコミュニケーションツールなどと微塵も思ってやしない。これはファンの幻想なのだし、彼らの思うつぼだ。

彼らにとって、twitterはあくまでも宣伝するためのツールなのだし、ツールとして考えるとtwitterはやはり優れている部分も有していて、お金もかからずに素人でもある程度の宣伝が出来る。

無論、芸能人などはSNSをフル活用する事も重要なのだろう。これも、良し悪しの話ではなく、炎上芸で有名な某芸人さんもフル活用しようとしているまで。これも問題ない。

 

 

ただ、人が生きていくうえで、様々なコミニュティに所属し、なおかつ、そのコミニュティにおいて様々な役割を担ったりしなければならなくなる。当然、その様々なコミニュティにおいて、様々な顔を持ち合わせていたりもする。

つまり、何を言いたいかというと、コミニュティごとに別の発言をするかも知れない可能性を秘めていると言う事だ。勿論、これも当たり前の事を言っている。当たり前な事を言っているが、SNSでは当たり前ではなくなる。

それは、冒頭の炎上芸で有名な某芸人の事なのだが、実名でSNSで発言する事は全方位に発する事なのだし、主義を異する者から反発されるに決まっている。

だからこそ、一般の人々は実名を避けるし、コミニュティごとに別アカウントをつくっていたりもする。

 

「実名で発言しろ!」という価値観は理解できる。が、ことSNSにおいては完全には不可能だ。炎上芸で有名な某芸人のような後ろ盾も無く、守ってもらえることも無い。さらし者にされて終わりだ。これらの価値観は、一見正しい事を言っているように聞こえるが、一種の暴力といえるかも知れない。

 

「俺たちは力があるから実名で発言するが、お前らは無力で守る奴もいないだろ。黙っていろ!」というところなのだろう。

 

これは、ネットコミニュティの破壊ともいえるし、言論封殺といえる。

 

まぁ、そもそも、twitterも含めSNSそのものがコミニュティ破壊、ローカル破壊と言えるかもしれないが...。