たけさんのzakki

take0606の日記

武井壮、“強風”平昌五輪にあきれ顔「やらなきゃしゃーない」雑感 -不利益なら舞台設定を変化させる努力をすること-

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www.msn.com

 タレント、武井壮(44)が12日、月曜レギュラーを務めるTOKYO MX「バラいろダンディ」(月〜金曜後9・0)に生出演。9日に開幕した平昌五輪で、強風などの悪天候が競技に影響を及ぼしているとの報道に、持論を展開した。
 番組では、強風で何度も競技が中断したジャンプ男子ノーマルヒルや、予選が中止となり、決勝のみが実施されたスノーボード女子スロープスタイルなどを紹介。このことに武井は「始まる前からささやかれていましたもんね。ここは風が強くて、天候があんまり、みたいなことは言われていたから」と、開会前から懸念されていたと語った。中略)
 「天候悪かったら、いつまでも延期、なんてことはできないし。いつかはやらなきゃいけなかったものなんで」と、決められた日程の中で競技をするしかない、としながら、「こういう時は下の選手がチャンス」と前向きなコメントも。「磨かれて磨かれて、めちゃめちゃ技術の高い選手は、揺れに弱かったりもする。普段からバランス崩れて飛んでいる子は、バランスが崩れて当たり前」と、持論を展開した。

 

武井壮のアスリート視点バナは信における 

実際にそうだと思う。武井壮のアスリート視点でのコメントは信用している。と持論を展開。

あらゆるスポーツで通用

これは、あらゆるジャンルのスポーツにおける普遍性を武井壮は言っていて、競技が違うから、通用しないと考えてしまうのなら、本質的な部分を理解していない事に他ならない。

だからこそ、拒むことなく、興味のない競技を理解してこその自分の好きな競技の理解につながる。

寛容さと多様性にも適う

理解さえすれば、

興味や好みでもない、それこそ憎たらしい競技だったとしても、ある程度許せるものでもある。競技においてのアンチやファンの問題も同様だし、また、寛容さと多様性を認めるということは、スポーツだけでなく、相手を拒まず、理解すること以外にない。

 

武井壮の述べている事

武井壮の述べている、

「磨かれて磨かれて、めちゃめちゃ技術の高い選手は、揺れに弱かったりもする。普段からバランス崩れて飛んでいる子は、バランスが崩れて当たり前」とは、

例えば、トップアスリートとは、そのジャンルにおける舞台設定をイメージして平素よりトレーニングを積んでいるもの。そして、それを追及しているからこそ、そのジャンルにおける舞台設定が整った大会で好成績を収めることが出来る。

が、平昌はイメージとはかけ離れており、上位選手と下位選手の差が縮んだと考えて良い。

武井壮はその事を述べている。

 

屋外競技に付き物

また、これらの事は、あらゆるスポーツに当てはまり、それこそ野球、サッカーなど屋外スポーツには付き物の話しといえる。

僕が、最近大好きな競馬も同様の事と言えるし、また、過去に好きだったF1も同様だろう。

さて、そこで見てもらいたいものが、1993年F1ヨーロッパGPドニントンパークでの、今は亡きアイルトンセナの走りですよ。

F1が好きだったねぃ

もちろん、説明が必要なので、超絶簡潔解説をする。

当時のF1界はウイリアムズがトータルパッケージで抜きんでており、まさに席巻していた。かたや、アイルトンセナが駆るマクラーレンは後塵を排していた。

そんな最中に行われた、F1 1993第3戦ヨーロッパグランプリであった。

詳しくはリンク先へ

1993年ヨーロッパグランプリ - Wikipedia


F1 1993 ドニントン 雨のセナの走り 【オンボード】

いや、懐かしい。

優位性が失われる

つまり、何が言いたいかというと、セナの腕が、プロストに劣っていたという話では、勿論ない。

ではなく、降雨という条件により、本来もっていたマシンのポテンシャルの優位性がウイリアムズルノーとアラン・プロストから失われたという事になる。

セナ足については省くとしても、ウェットコンディションにおいて、マシンの優位性が縮まれば、後は腕次第。

結果は4番グリットからのスタートであったアイルトンセナの優勝に終わっている。とこんな感じの持論を展開。

不利なら舞台設定に変化を

つまり、競馬の馬場状態にも通じるのだが、能力や戦力が不利なら、不利である条件以外の舞台設定で戦えば?となる。

これは、あらゆる事柄でも有効で、現状不利益な状況なら、環境を変えられないかも知れないが、考え方や視点を変えてみるのも手かもしれないね。

なにもぜず、諦める事こそ愚策。と持論を展開中。