たけさんのzakki

take0606の日記

『レディ・プレイヤー1』を見てきました。 知行合一してこそ「ネット」が「リアル」を革新する

画像,スピルバーグ新作『レディ・プレイヤー1』映像公開!ガンダムからAKIRAまで懐かしカルチャーが山盛り。

引用: http://gigazine.net

filmarks.com

あらすじ

いまから27年後の世界。人類はゴーグル1つですべての夢が実現するVRワールド[オアシス]に生きていた。そこは、誰もがなりたいものになれる場所。無敵のヒーローやハーレークイン、キティだってなれる夢の世界! ある日、オアシスの天才創設者からの遺言が発表される ーー「全世界に告ぐ。オアシスに眠る3つの謎を解いた者に全財産56兆円と、この世界のすべてを授けよう」と。突然の宣告に誰もが沸き立ち、56兆円をめぐって、子供から巨大企業まで全世界の壮大な争奪戦が始まった! 果たして想 像を超えた戦いの先に、勝利を手にするのは一体誰だ!

『レディ・プレイヤー1』を見てきました

「ネット」と「リアル」のお話

 レディ・プレイヤー1をツレと見てきました。

 カルチャーに関しての事は出尽くしていると思いますし、ネタ的な事も興味も無いので云々しません。一応、ネタバレ注意としておきます。

 「ネット」と「リアル」のお話と思いますが、今から27年後の世の中を描いており、現実世界ではフェイクがはびこり、弱者が苦しんでいます。

 主人公の子供たちも、何かの事情により貧困に苦しみ、VRワールド“オアシス”に救いを求めていました。

形が違えど、現在の社会を表している 

 形が違えど、現在の「ネット」と「リアル」を表しているようにも思います。

 全財産56兆円と言う「リアル」の争奪戦をVR空間といった「ネット」で行うのですが、話が進むにつれ、巨大企業という「リアル」側が、ネット空間にとどまらず、リアルでも卑怯とフェイクを尽くす...

 SNSなどで、一般ユーザーに実名などを要求する事が、いかに暴力的なのかが理解しやすいと思いますし、「ネット」と「リアル」には境界線など無く、どちら側でゲームオーバーでも、同様のこと。

 どちらもリアルに変わらない。

「ネット」と「リアル」はともにリアル

 また、主人公の男の子も境遇に恵まれておらず、逃げるようにVRの世界に没頭しますが、終盤にかけて、「ネット」と「リアル」はともにリアルである事に気づいてゆきます。

 「ネット」とは情報がすべてで、情報といった文言に価値があるのだとしたなら、「ネット」と「リアル」を一致させてこそ。

 ただ、それは、ネットがリアルに寄せろという話では無く、劇中でも描かれてもいますが、「リアル」が、弱者に悪意を向け続けているから起きる問題に思います。

強者ほど嘘でもフェイクをしてはいけない

 強者ほど弱者に嘘でも、要求してはならないと思うのです。

 確かに、ネット民にも卑怯な奴は山ほどいます。それは理解します。が、そうは言っても、強者が「実名でやれ!」と言うのは、ただの暴力と思いますし、劇中同様、確定されたら命の危険すらあります。

  「実名でやれ!」は言葉の暴力です。それこそ、ブロックでもすれば良い。「嫌なら見るな!」です。

文化もネットも同様に心を重視

 ネットもリアルもそうなのですが、急ぐこと無く、是正する努力をするしか無い。

 ルールというモノを重視するといった安直さでは無く、心に重きを置いてこそ。

 文化がテーマだったかと思いますし、ネット空間が主戦場だったと思いますが、ともに心に重きを置く世界です。

 文化は言わずもがなですが、ネット空間も同様に心ありきです。

知行合一してこそ「ネット」が「リアル」を革新する

 「ネット」とは情報がすべてで、情報といった文言に価値があるのだとしたなら、文言にうそ偽りが無いこと。

 言葉に嘘があるからこそ、言葉に心が無い。また、言葉に心が無いから嘘になる。

 いずれにせよ、ネットも文化同様に心ありきです。

 できる限り、知行合一してこその文化であり、ネットも同様と感じましたね。また、それでこそ、ネットがリアルを革新できるはずと理解します。

知行合一 - Wikipedia