たけさんのzakki

take0606の日記

「今度は福島がTOKIOを応援する番だ」という福島県民の声 “山口達也メンバー”未成年に対する強制猥褻問題 雑感

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引用:https://hanami.walkerplus.com/detail/ar0207e25668/

「今度は福島がTOKIOを応援する番だ」

正義感などいらない。それはフェイク

 葉には意味も価値もない。言葉そのものに力などあるはずもない。

 “パワーワード”もただのアイロニー。

 口だけのきれい事なら誰でも言える。また、そのきれい事では救いはおろか、弱者には苦しみしかない。下手な正義感などいらない。それはただのフェイクでしかない。

take0606.hateblo.jp

“パワーワード”はただの皮肉。それは暴力

 もし、言葉に意味も価値もあるとするなら、それは、言葉そのものの力では無く、黙って行動すること。

 思いを言葉としては吐く前に、思考と行動を一致させることを追求してこそ。

 人にどのように揶揄されても、自分の信念を貫き行動した人間の言葉は重い。

 決して、“小鳥がさえずる”様につぶやいた140文字程度の短文に意味も価値もあるはずも無く、もし、その程度のモノが人の一生に左右するのだとするなら、“パワーワード”はただの皮肉。

 それは、言葉の力じゃ無い。暴力。

take0606.hateblo.jp

福島県民までフェイクにしてはいけない

 未成年に対する強制猥褻は、確かに罪深いことには変わらない。また、福島でTOKIOメンバーとして関わっていたこととは別件。

 被害者とその家族の気持ちに配慮ができていたか、#今度は福島がTOKIOを応援する番だ のタグからは、感じられない。

 やはり、山口メンバーが罪深いことをした事には変わりなく、上述のタグのような、被害者とその家族の気持ちを無視してまでも、“今度は福島がTOKIOを応援する番だ”と言わざる終えない状況をつくったこと。

 また、それと同様に“小鳥のさえずり”の罪でもあるように思う。

 それは、TOKIOとしてしてきたことと、福島県民の気持ちまでもがフェイクになりかねないこと。これは、罪だよ。

 謹慎中に成すべきことが沢山あるように思う。

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