たけさんのzakki

take0606の日記

新旧メディアに正義・不正義なんてないよ。利潤を追求しているだけの普通のこと 

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引用:横須賀海軍施設ドック - Wikipedia

新旧メディアはともに利潤を追求しているだけ 

他の民間企業と同様のこと

 新旧問わずメディアにとっての正義とは、他の民間企業同様に利潤を追求すること。

 公正、公平の報道などある筈もなく、それらのモノをメディアに求めるのだとするなら、それこそお花畑。

 また、メディアにだけは中立を貫くことを求め、他民間企業は好き勝手なことをしても良いとはならないし、中立や公正、公平がいかにお題目だけの綺麗ごとでしかないか、ネットの普及で理解しやすくなった。

 ただ、それは理解というより、把握しやすくなっただけで、理解でないように思うし、把握することが簡単になっただけで、簡単に物事を理解できるようになったわけではない。

『坂の上の雲』という歴史小説がある

 『坂の上の雲』という歴史小説があるが、同じ松山で生まれ育った正岡子規と、日露戦争で活躍した秋山兄弟の話だったかと思う。

 秋山兄弟はそれぞれ日本の騎兵、海軍の技術向上に尽力し、当時最強とうたわれたロシアのコサック騎兵を打ち破るべく、ひたすら仕事に打ち込む兄好古と、海軍に入隊し、海軍戦術を研究し続けた弟真之...でんでん

 

司馬遼太郎『坂の上の雲』文藝春秋 文春文庫(全8巻)

兄好古が、弟真之と友人の正岡子規に言ったセリフが印象的

 また、『坂の上の雲』はNHKでもドラマとして放送され、劇中、東京の兄好古の下宿先に弟真之と正岡子規が遊びに行く。

 部屋に通され、勝手に新聞を読みふけっていると、奥から出てきた兄好古が、このようなことを言う。

「新聞はおまえにはまだ早い!己の意見も持たない者が他人の意見を読むと害になるばかりだ!こんな物は長じてから読め!」

 つまり、現代なら、新旧問わずメディアが流す情報とは真偽以前の今を切り取っただけの、“ただの情報”と言える。

 “ただの情報”には、たいして価値はないが、ある意図をもってその情報に価値を付加させる者がいる。

 その意図を読み取る必要もあるが、言うほど簡単ではなく、勉強をしなければできるはずも無い。また、理解ができるはずも無い。

 それを知っている兄好古は、他人の意見を読むと馬鹿になるぞ!と、弟真之、友人の正岡子規に言ったとされる。

広告主の存在を無視することができないのがメディア

メディアは代弁者でしかない

 メディアにとって広告主の存在を無視することはできない。視聴率や部数が重要なこともさる事ながら、スポンサーに対する配慮も同様に重要となる。

 その、スポンサーの規模が大きいほどより莫大な利益となるが、マスメディアとなるほど大きなスポンサーがつく。

 それは、国家レベルかも知れない。

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正義や不正義など時代によって変化する

 確かに、国益に反してまで利潤を追求することに問題があるという話も理解する。が、利潤を追求すること自体に問題があるわけでもなく、民間企業同様のことをしているだけと言えるかもしれない。

 そこに、正義や不正義などもなく、ましてや“正義のカネ”があるわけでもない。また、正義や不正義など曖昧で、時代によって変化する。

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好古が言うように普遍性を学んでこそ“ただの情報”を価値あるものにできる

 正義とは変化をするモノだからこそ、マスメディアが垂れ流す情報を追うのではなく、普遍的な価値を学んでこそ。

 歴史の中で批評に耐え抜き、受け継がれたモノを学んでこその理解とならないか。

 また、学ぶことをしなければ、“ただの情報”を価値あるものにすることはできない。

 新旧メディアが垂れ流す情報のみを追いかけるでは、理解となるはずも無く、その無理解で対象の批判に明け暮れることに正義があるとは、とても思えない。

 「旧」から「新」に変わっただけで、物事の理解に繋がっているようにも思えないし、安直さが加速したようにも感じる。

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