たけさんのzakki

take0606の日記

嘘でも本当でも、どちらでも良い。“教育の一環”である事には変わらない。勝利至上より徳目教育を ― 日大アメフト部反則タックル問題 雑感

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嘘でも本当でも、どちらでも良い

日大アメフト部の監督に逆らえば、「路頭に迷う」は本当か    

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学生スポーツである事には変わらない

オトナが精神論を押し付けている

 生スポーツですから、教育の一環であってこそと思います。

 それがたとえ嘘であったとしても、それすら精神論で、非現実、非合理的であったとしても、徳目と言ったモノを重視してこそと思います。 

 学生スポーツの出鱈目に関して、プロ野球のトッププレイヤーが高校野球のあり方を指摘しており、また、サッカー日本代表選手からも高校サッカーに対し同様の指摘があります。

 どちらも、学生の精神性を無視し、オトナが精神論を押し付けているとのことでした。 

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それは“教育の一環”勝利至上より徳目教育を

 アメフトに限らず、野球やサッカーと言った学生スポーツでも同様のことが行われており、マスメディアと密接なスポーツほど、これらの傾向が強いように思います。

 日本における、学生スポーツの伝統と言うものが、勝利至上主義と言ったものであったとして、それは、“教育の一環”であると言うお題目を無視し、徳目をないがしろにする“結果至上”を学生時分に追求させてしまうこと。

 それが、“学生スポーツの伝統”だとも言えます。

 これらの学生スポーツにおける徳目の欠如と言うものは、“結果がすべて”と言った考えの源泉になっていることになりますし、ルール内なら、結果のために何をしても良いといった安直な考えの根幹とも言えそうです。

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ルールで縛ろうとするのも暴力です

袋叩きは数の暴力です

 もちろん、日大アメフト部の監督も指示を選手に出していたのかもしれません。それはパワハラかもしれませんし、ダメなことをしているのだと思います。

 そうは言っても、アメフト部の監督を袋叩きにして良いとはなりませんし、選手や日大の学生さんに意地悪をして良いとはなりません。

 それは、正しくないですし、それもただの暴力です。数の暴力です。言葉の暴力です。

正しい、正しくないも関係ない。それはただの屁理屈

 ルールで縛ろうとするから、ルール内なら悪事を働いて良いといった安直な発想に繋がります。やはり、それも正しくない。罪とか罪じゃないとかいう話でもない。

 ダメなものはダメなのです。

 理屈ではなく、情をできる限り働かせて行かないとダメなように思いますし、理屈をこねれば、大抵のことが正当化できてしまいます。

 ただ、それは屁理屈です。正しい、正しくないも関係ない。なぜ、かわいそうと思えないのでしょうか。

 ルール内だからヨシ!でしょうか。ダメですね。  

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