たけさんのzakki

take0606の日記

生活とは、別の顔を常に演じているという事。それは、公人、個人、私人といった言い方ができるかもしれない

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引用:http://bunshun.jp/articles/photo/7336?pn=2

毎日の生活とは、別の顔を常に演じているという事

シッカリした基準と指針があってこそ

npn.co.jp

 松本がBIG3に嫌悪感を抱いていたのは若手時代で「20代、30代は、ほんとにもうええやろってホンマに…」と赤裸々に語った。

 ただ、現在では心境が変化し、「でもね40(歳)後半ぐらいから、変わってくんねん。これ、みなさんそうやと思うわ。この人達が頑張れてんねんから、俺もまだ頑張れるわっていう風になってくんねん。だから逆に止めといてほしいなって言うのがあって、まだこんな感じでできんねやって思たら、俺もまぁイケるかぁって」としみじみ語った。

 松本にとっても、“お笑いBIG3”がテレビで活躍し続けるのは1つの指針で、もし彼らが引退となれば、ダウンタウンクラスの後輩ですら、基準がなくなってしまうということなのかもしれない。

“天才”松本の指針

  “お笑いBIG3”は僕の若いころから活躍しており、視聴者として大笑いをしていたが、“天才”松本にとっては指針であり、基準でもあるのだろう。

 松本が言う“嫌悪感”とは、親子で言うなら反抗期といえそうだ。

 それは、身近にいる、最初の大人の同性であり異性でもあるから、基準になり、また指針にもなる、といえる。

反面教師であったとしても... 

 反面教師であったとしても、教師であることには変わらないのだから、いずれ、

「でもね40(歳)後半ぐらいから、変わってくんねん。これ、みなさんそうやと思うわ。この人達が頑張れてんねんから、俺もまだ頑張れるわっていう風になってくんねん。だから逆に止めといてほしいなって言うのがあって、まだこんな感じでできんねやって思たら、俺もまぁイケるかぁって」

 と、このように、考えれるモノなのだろうと思う。また、それが、大人になったという事なのかもしれない。

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タモリさんが言っていた興味深いこと

 BIG3は三者三様でもあるが、その中でもタモリさんは、たけし、さんまさんとはまたタイプが違うように思う。

 「前へ!」といったガツガツした感じは無いが、一歩引いたところからシッカリ自己主張しているように思う。

 以前、「笑っていいとも」の番組内で、タモさんが興味深いことを言っていた。

 こんな感じのことだったかと思う。

 毎日の生活とは、つねに演じているという事なんだよ 

 この言葉を、僕なりに解釈すると、

 人が生きていく中で、様々な側面や顔を持つ必要に迫られる

 という事を言っているのではないか。

公人、個人、私人で顔が違う。言葉より行動を評価してこそ

 たとえば、女性なら、母親、妻、職場などなど、と役割をこなさなければならなくなる。もちろん男性も、様々な役割があるだろう。

 それは、公人、個人、私人といった言い方もするかもしれない。

 また、ウェブ上では、同じ価値を共有したコミュニティごとに別の顔をする事でもあるから、所属している所々で別の顔を演じ別の発言をしても当たり前のこととなる。

 なので、“言葉より行動を評価してこそ”。それは、知行合一にも適うのだろう。

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毎日の生活は、つねに演じている

水に流すのが日本人

 つねに人は役割を演じているのだと思う。

 日本人は謝れば水に流す、美しい心根を持っている。また、その態度を示せば丸く収まるものでもある。

 “日大アメフト部反則タックル問題”にしても、それこそ、監督が全力で謝罪すれば問題は拡大しなかったのかもしれない。潔く謝罪すれば、他の学生さんにも迷惑がかからなかったのかも知れない。

だからこそ姿勢を示せる

 だからこそ、できる限り姿勢を示さなければならなかった。嘘でも姿勢を示すことをすれば、みな納得する。

 それは、“旗幟鮮明”という言い方をするかもしれないし、“ショーザフラッグ”かもしれないが、とにかく姿勢を示せば納得するものと言える。

 公人、個人、私人どの顔でもいいから嘘でも演じて示せば、みな納得し水に流すのが日本の心。

 もし、それをせず、学生に尻拭いをさせるなら、理解を超えてくる。

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