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take0606の日記

RADWIMPSの新曲が「軍歌っぽい」と物議 vo.野田洋次郎「右も左もない」 |“愛国心”に右も左もない。なので愛国ソングでも問題ないのでは?  更新6/14 ライブで無事披露「自分の生まれた国を好きで何が悪い」

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引用:RADWIMPS - Wikipedia

“愛国的”とされた3曲+1曲の愛国ソングをご紹介  

ざっくりいうと

・RADWIMPSの新曲「HINOMARU」の歌詞が物議を醸している
・愛国的なワードが散りばめられ、ネットでは「軍歌かよ」と批判的な声が続出
・戦争への下地を作ってしまうのではないかという意見も上がっている 

RADWIMPS『HINOMARU』 

歌詞

自由な表現を許さない“リベラル”

RADWIMPS『HINOMARU』・ゆず『ガイコクジンノトモダチ』・椎名林檎『NIPPON』の3曲は“愛国的”であるとし、ネットを中心として炎上していましたが、いわゆる“リベラル”が自由な表現を許さないことに驚きを隠せません。

 多様であること、また、表現の自由も認めないのだとすると理解に苦しみます。

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多様性も認めない“リベラル”   

 「国」「日の丸」「君が代」「靖国」などなど、これらのものを愛する気持ちを持ってはいけませんか。

 ただ、それらの自由や多様性も認めないのが、いわゆる“リベラル”の所作なのかも知れませんね。

 みな等しく“平等”に同じ価値観を有していないと気持ち悪くなり、レッテル貼りをしてまで、よってたかって批判を繰り広げ、対象を不自由にさせることが、いわゆる“リベラル”の人々なのだそうです。

ゆず『ガイコクジンノトモダチ』   

歌詞

ただの差別。ただのイジメ   

国心とは、“右左”と別のところにある。

 目的を達成するための手段としての“右左”でしかなく、たとえば、それが思想といったものだったとしても、

 その、手段としての“右左”を駆使し、いかに考え、行動に移すといったことを自分のモノとし、ありようとして反映させるかに懸かっかている。

 そうではなく、“右左”を振りかざし、レッテル貼りにより対象を不自由にする事は、“右左”の問題ではなく、そいつ個人の素養の問題。

 人間性の問題。

 それは、ただの差別。ただのイジメ。

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“右左”を超絶簡単に整理すると

 

「右翼」

...保守派、守旧派、国粋的など

「左翼」

...革新派、急進的、革命的など

 

 と、一応なりますが、戦後生まれにとっては、“護憲であること9条堅守”が保守的とも捉えられそうですし、“愛国心”を持つこと自体が、革新的であり急進的にも映るかもしれません。

 また、“リベラル”といった言葉をわけもわからず、いわゆる“リベラル”な人々が吹聴したりと、右も左もあべこべになっているように思いますし、“ネトウヨ”の独壇場だったネットも“テレサヨ”の新規参入により、滅茶苦茶具合が加速。

参考記事:

「左翼」「右翼」とは...

 この言葉はフランス革命期の「(憲法制定)国民議会」(1789年7月9日 - 1791年9月30日)における9月11日の会議において、「国王の法律拒否権」「一院制・二院制」の是非を巡り、議長席から見て議場右側に「国王拒否権あり・二院制(貴族院あり)」を主張する保守・穏健派が、左側に「国王拒否権なし・一院制(貴族院なし)」を主張する共和・革新派が陣取ったことに端を発し、続く「立法議会」(1791年10月1日 - 1792年9月5日)においても、右側に立憲君主派であるフイヤン派が陣取ったのに対して、左側に共和派や世俗主義などの急進派(ジャコバン派)が陣取ったことに由来する

左翼・右翼 - Wikipedia

B層由来の“ネトウヨ”“テレサヨ”が反日   

 “ネトウヨ”も“ポチ保守”でしかなく、ただのサヨクと、9.11前後には西部邁・小林よしのり両氏に指摘がなされていたはず。

 ただ、なぜだか、2018年現在、より“ポチ保守”具合が加速。

 当時、グローバリゼーションも「左翼」と断罪されていたはずですが、15年以上経ったネット上でも、いまだ“右左”が曖昧なまま、“右左”の批判に明け暮れている。

 そこに、新規参入の天然系“テレサヨ”が“天然的な力”を発揮し、“天然由来”の風評によりガチ勢の「左翼」の足までひっぱる始末。

 B層由来の“ネトウヨ”“テレサヨ”が反日なんだと思うの(*‘ω‘ *)

反米という作法 単行本 – 2002/8/1
西部 邁 (著), 小林 よしのり (著)

 

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椎名林檎『NIPPON』   

歌詞

本来、左翼ほど愛国心が無いと駄目   

え透いてる。日本の足を引っ張ることに重きを置いているだけだろう。

 本来、左翼ほど愛国心が無いと駄目なのだし、“右”にせよ“左”にせよ愛国心があってこそ。

 ただ、なぜだか、日本の“左”は反日と結びつく。

 ま、この点は“右”も偉そうなことは言えないかもしれないが、少なくとも、ヴォーカルの野田洋次郎が「右も左もない」と言ってるのだから、それで良いだろう。

「日本に生まれた人間として、いつかちゃんと歌にしたいと思っていました。(中略)僕はだからこそ純粋に何の思想的な意味も、右も左もなく、この国のことを歌いたいと思いました。自分が生まれた国をちゃんと好きでいたいと思っています。好きと言える自分でいたいし、言える国であってほしい」

 

文句があるなら日本の仕組みをつくった者に言え   

 文句があるなら、「聴くな!観るな!買うな!」

 レコード会社か事務所、または日本の仕組みをつくった者を恨めと思うけどね。

 引用のように思い、自由に表現したものが『HINOMARU』なら、良いんじゃねーの?と思うけどね。

 ま、僕は買わないですけど。

 正直あれでしょ?wたたき台にして、日本的なものを腐したいだけの悪意でしょww 

 なので、“右”でも“左”でもなく愛国心が無い、ただのいじめっ子という事になりますね。

日本を救うC層の研究 単行本(ソフトカバー) – 2013/7/5 適菜 収 (著)

Mr.Children『タガタメ』

歌詞

愛国心に“右”も“左”もない   

局、分かりやすい“愛国”が炎上しているだけ。いかにもB層的。

 B層由来の“テレサヨ”が、アーティストに対して“ネトウヨ”とレッテル貼りしているだけだろ。

 Mr.Children『タガタメ』が“愛国的”で炎上したことなど聞いたこともないが、『タガタメ』は愛国ソングだよ。

 “右”でも“左”でもない、ただ、愛する家族を思うこと。

 その愛するものを育んだ郷土を思い、いかに生きるべきかを追求すること。また、その郷土がある国を思い、いかに日々を送ろうとするかをつづった歌だよ。

 つまり、愛国心。

 愛国心に“右”も“左”もない。

ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒 (講談社+α新書) 新書 – 2015/11/20 適菜 収 (著) 

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RAD野田洋次郎が謝罪 「軍歌だという意図は1ミリもない」

嘘でも謝る姿勢から、潔さと日本的な美しさを感じた

かに、謝罪する必要はないように思う。

 批判も言いがかりレベルと思うし、よってたかってのただのイジメ。

 B層的“テレサヨ”が炎上させただけのメディアリンチに過ぎない。

 こんなことで批判され、謝罪コメントまで出さなければならない事は確かに問題だが、他アーティストや関係各所への影響を鑑みての判断なら大人な対応とも思うし、野田洋次郎からは潔さを感じる。

 言いがかりだったとしても、嘘でも謝る姿勢に潔さと日本的な美しさを感じた。また、好印象を持った。

「傷ついた人達、すみませんでした」

「この曲は日本の歌です。この曲は大震災があっても、大津波がきても、台風が襲ってきても、どんなことがあろうと立ち上がって進み続ける日本人の歌です。みんなが一つになれるような歌が作りたかった」

「結果的にその曲で不快な想いをさせてしまった人がいたというのが何より悲しいです」

「色んな人の意見を聞いていてなるほど、そういう風に戦時中のことと結びつけて考えられる可能性があるかと腑に落ちる部分もありました。傷ついた人達、すみませんでした」 

と謝罪した。

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日本における表現者の不自由さが気になる

歌と結びつけようとする意図こそ悪意を感じるし、イデオロギー色がゴリゴリで気持ちが悪い。

 日本人が家族や郷土、また、それらを育んだ日本を思う自然な感情の発露が愛国心そのものなのだが、それらを題材にしての歌は駄目となり批判されるなら異常。

 反面、愛国的な番組を制作し、番組内で外国人に「ここがすごいよ日本!」的な事を言わせたりと、それを有難がる視聴者を含め、B層極まれりでお話にならない。

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「保育園落ちた日本〇ね」だと流行語大賞受賞の怪

参考記事:全文表示 | 「保育園落ちた日本死ね」受賞問題が延焼中 選考委員や識者のツイッターも「炎上」 : J-CASTニュース

 何故だか、「日本〇ね!」だと流行語大賞を受賞し、対照的にRAD野田は謝罪に追い込まれる。

 昨今、日本で表現者が活動することの不自由さが気になるところでもある。また、同様に表現の自由に関してもダブルスタンダードと不公正を感じざる負えない。


前前前世 (movie ver.) RADWIMPS MV

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何故か謝罪する事態にアジカンのゴッチ等各方面から様々な意見が...

今井絵理子「表現の手法は作家の自由」   

 元「SPEED」の今井絵理子・参院議員も、自身のブログで「表現の手法は作家の自由であり、言葉遣いや色使いに正しいも間違いもありません。決して誰かの同意や批判を得たくて作品をつくるわけでもありません。出来上がった作品がすべてなのです」と持論を展開。

 また、「野田洋次郎という一人の作家の想いや考えをストレートに偽りなく歌詞に綴り、音を奏でることはいけないことでしょうか」とし、

 「受け手の個人的な解釈の拡散により作家に釈明と謝罪までさせてしまう今の社会の風潮には賛成することができません」と主張した。

ウルフルケイスケ「謝罪する必要なんてないと思う」   

 ウルフルズのウルフルケイスケさんは、自身のツイッターで「RADWIMPSの野田君、謝罪する必要なんてないと思う」と投稿。

 「自由って何?と違和感を感じる」との感想もつづった。 

後藤正文「どうあれ、僕らは利用されがちだよね」   

 ロックバンド「ASIAN KUNG-FU GENERATION」の後藤正文さんは「『言いたいことがあるなら音楽でやれ』という人たちが、僕が書いた歌詞をちゃんと読んで評価してくれたことはほとんどないし、インタビューなどの切れ端を釣り餌にして盛り上がる人たちが音楽をきちんと聞いてくれている手応えも少ない。難しいよね。どうあれ、僕らは利用されがちだよね」と投稿。

 その1分後に「今回のRADの件も、アジカンの後藤は何を発するんだというツイートが随分RTされてるみたいだった(略)言いたいことあるなら、自分で言えよ」とつぶやいていた。

ライブで無事披露「自分の生まれた国を好きで何が悪い」

togetter.com

RADWIMPS、ライブで話題の新曲「HINOMARU」を無事披露し「自分の生まれた国を好きで何が悪い」と熱弁。 

 本当にそう思う。

 自分を育んでくれたものを愛せないやつなど信用ならないものな。

 それを、理屈をこねてまで“好きでいるな”ってのは何なのか。情緒もへったくれもないな。

ずいぶん不自由だなとも思う   

 最低限、批判の自由を認めたとして、

 RAD野田も受け入れ難かっただろうが、潔く非を認め謝罪もしたし、各方面へ影響を与えたことにも反省したのだと思う。

 が、そこまで嘘でも姿勢を示しても、“謝るくらいなら作るな”って批判があるなら流石にどうかしてるわwww

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