たけさんのzakki

take0606の日記

RAD『HINOMARU』抗議デモと是枝映画『万引き家族』批判に差はない。あるとするなら行動を起こしたという事

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日本の心の萎縮。日本の文化が死ぬよ

RAD『HINOMARU』抗議デモと是枝映画批判

 是枝監督作品批判が収束しない。また、RAD『HINOMARU』抗議デモ活動も話題となり、3名の逮捕者も出たようだ。

本日行われたRAD『HINOMARU』抗議デモ、参加者3人で逮捕者が出た模様 … → デモ隊「不当逮捕を許すな!」

 たとえばもし、抗議デモ活動を行った3名が、潔く非を認め謝罪したらどうか。

 野田洋次郎同様に「右も左もない」が、ただ許せなかった、という事が理由ならどうか。

 その上で、嘘でも謝罪したならどうか。興味が尽きない。

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商業音楽の時点で自由は無い

自由のあり方を理解することくらいはできる

 確かに、そこに自由はないが、そこから自由のあり方を理解することくらいはできる。

 作品とはそういうものだ。

 形式でもなければ、表現方法でもない。それこそ、言葉遣いが...どうとか、文法が...などナンセンスと思う。

 その作品から、何を感じるか。

 各々がどう感じるかが問題なだけで、そこに意味も貴賤もない。

作者が自由に表現したならそれでいい

 作者が“自由に表現した”というならそれで良いんだよ。

 悪意を持って受け取れば、幾らでも批判はできる。頭が良い人ほどできる。が、それを理解しているから、わざわざしない。

 頭の良い人ほど、どちら側の立場からでも考えることができるし、だからこそ、正しさなどに意味のないことを知っている。

 結局、“右”も“左”も頭が悪いのだと思う。

 理解ができないから、とってつけたような批判しかできない。

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正しいことなど無いよ

同じことがらを争う法廷    

 裁判というモノがあると思います。

 検事さんと弁護士さんが、法廷で正しい、正しくないを争っているドラマを見たりもしますね。

 面白いモノです。ひとつの事柄が争点のはずなのに、何故だが正反対の主張をしています。

 不思議です。同じ事件なのに、正反対の立場で争う。何故なのでしょうか?

 .......... 

 そこで、気づいたのです。正しいことなど無い、と言うことです。

頭がいい人ほど正しさなど意味がないことを知っている

 たとえば、事件が起きたとしまして、被害者がおり、加害者もいます。

 おおよそ被害者の方が可哀想な状態に陥ることから被害者なのですが、何故だが、正反対の主張をして検事さんと弁護士さんが争うのが法廷なのです。

 検事さんが被害者の立場、弁護士さんが加害者の立場で代弁します。

 不思議です。頭もよく、お互い法律の勉強をしているのに反対の立場で代弁する。

 つまり、こう言うことです。

 頭がいい人ほど正しさなど意味がないことを知っており、理屈をこねれば、どちらの立場からも主張できることを知っているのではないか、と言うことです。

 

リンチではなく法廷で決着を   

 なので、頭の悪い“右左”がリンチの様な事をするのではなく、キッチリ法廷で決着をつけましょう。という事です。

 それでも、理解ができないなら、悪害でしかないですね。

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