たけさんのzakki

take0606の日記

黙々と“野球”で物事に打ち込み、“サッカー”のコミュニケーションで結びつく。人だけでなく国もそうかも知れない

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https://toyokeizai.net/articles/-/186752

本で人気のスポーツと言えば、サッカーと野球がイメージとして真っ先に浮かびます。

 個人的には対極に位置する競技と認識しているのですが、どうでしょうか。

 

サッカーは個より組織、野球は組織より個   

 サッカーは個も重要と言えますが、個より組織としてどのように機能するかが重視されているようです。

 また、その個同士を結びつけるための正確なコミュニケーションと、そこから生まれる、たしかなイメージの共有が必須と言えそうです。

 連動してのポジショニングや、ボールだけでなくイメージの受け渡しを常に行っていく必要があるのでしょう。

 常にイメージ以下の結果となってあらわれる競技がサッカーと言えるかもしれません。

 野球的に表現するなら、“ヒットの延長がホームランにならない競技がサッカー”とも言えそうです。

 

強い個を9人そろえれば勝てる競技    

 野球は強い個を9人そろえれば勝ててしまう競技と言えそうです。極論ではありますが、そういった競技と言えそうです。

 サッカーの様な個を結びつけるための正確なコミュニケーションと、そこから生まれる、たしかなイメージの共有など必要がありません。

 内野陣の守備などでは、最低限のイメージの共有は必要かもしれませんが、サッカーのモノとも違うように映ります。

 また、“ヒットの延長がホームランになる競技が野球”ですから、攻撃面でもイメージの共有は必要が無いかもしれません。

 

野球は『武士道』に近いかもしれない   

 他者とのかかわりあい方は必要ないかもしれませんが、自身と向き合うことがサッカーよりも必要となってきます。

 正確に同じ動作を繰り返すこと。機械的に愚直に繰り返すこと。他者よりも自分自身とどれだけ向き合えるかにかかっているようです。

 この点では、野球は『武士道』に近いと言えるかもしれません。

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サッカーや野球だけでなく全てに必要そう   

 個人的に思うことがあるとすると、野球のように強い個を黙々と追求し、強い個同士が何かをきっかけに結びつくことが良いのかなと考えます。

 そのための、適切なコミュニケーションとイメージ共有が必要となってきますし、サッカー選手が日々追求するのと同様に必要となってくるのかも知れません。

 強い個を追求し、適切なコミュニケーションとイメージの共有ができてこそ、より良いところへ向かってゆけるのかな、と個人的には考えます。

 それは、友人かも知れませんし、家族かも知れません。

 また、社会も国もそうかも知れませんが、どうあれ強さを追求しないもの同士がつるんだところで何も生まれない。

 SNSはサッカー的と言えます。それはグローバルとも言えそうですが、野球と対極にあります。野球はローカルです。

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“ポチ”より“タマ”がよさそう   

 ネット上で言うなら、黙々とローカルで活動しSNS的なところで結びつくといった言い方もできそうです。

 国で言うなら、国力を蓄えることを追求したのちに外交で結びつく。利害で結びつく。“ポチ”ではなく、その時々の利害で結びつく。時が来れば離れ、また、国力を蓄えることを追求する。

 イヌではなくネコで良いのだと考えています。日本は“ポチ”ではなく“タマ”で良いのだと考えています。

 従属ではなく利害でこそ。

 ただ、利害と言っても信用は必要になります。信用を重ねるのも一朝一夕ではどうにもなりませんから、出鱈目な損得勘定ではダメかも知れません。

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