たけさんのzakki

take0606の日記

“多数決だけが民主主義じゃない”と日本人だからこそ思えよ!ポチが“ソレ”を言うのは卑怯 |更新10/5 マイノリティだった先達の想いを真っ先に汲みとってこそ

“右”も“左”も駄目。ご先祖様の気持ちを知ろうとしない

日本人はマイノリティだった 

 “多数決だけが民主主義じゃない”と日本人だからこそ思えよ。日本国の国民だからこそ思えよ。

 日本人など世界から見たら、ただのマイノリティ。

 そのマイノリティだった日本人が、孤立無援の状況下で言い訳することなく世界を相手に、自由を追求した結果が先の大戦。

 “右”こそ戦前の状況を理解し、日本人の気持ちに寄りそう事ができると思っていたが、どうやら違うらしい。

正当性などどうでもいい

 大東亜共栄圏や五族協和の正当性など、どうでも良いんだよ。その正当性が嘘でも本当でもどうでも良いんだよ。

 なぜ汲み取らないか。

 たしかに、お題目だけの嘘かも知れない。ただ、そこまでの嘘をつかなければ、生き残れなかった状況や、その悔しさ、悲しさ、苦しさをなぜ感じようとしない。なぜ、そういった痛みを感じ取ろうとしない。

 心を汲み取らず、理屈をならべて批判に明け暮れるのが“左”の所作。

 心がない。モノ視点の唯物論。嘘をつき泥をかぶることもできない、綺麗ごと大好き人間。それが“左”か。

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大東亜戦争開戦前のアジアにおける勢力図

大東亜共栄圏 - Wikipedia

五族協和 (満州国) - Wikipedia

唯物論 - Wikipedia

多数決だけが民主主義じゃない

綺麗ごとでは生きてゆけない

 良い悪いでなく、それが日本だった。見方によっては卑怯に映るかも知れないが、潔く美しくも感じる。各々が、どう思おうが構わない。人それぞれだし、正解などあるはずが無い。ただ、人の気持ちを汲み取れない人間が、綺麗ごとを並べたところで全て嘘。

 人の気持ちを汲み取ることができるからこそ、寛容でいられたり、多様であることを受け入れられるのではないか。

日本人がなぜ忘れているのか

 どう言った状況下でも、覆そうと特攻機に乗り込んだ若者のことを、なぜ忘れているのか。そこに言い訳などあったか。

 絶対に勝てるわけのない相手であった。負けは最初から決まっていた。ただ、負けるからと、相手の言いなりになるだけでは、後の日本のために良くないと世界に戦いを挑んだのだろう。

西田中尉 「我々の生命は講和の條件にも繋がつてゐますよ」

 しかし負けたとしても、そのあとはどうなるのです...おわかりでしょう。

 われわれの生命は講和の条件にも、その後の日本人の運命にもつながっていますよ。

 そう、民族の誇りに

“ポチ”ではなく拳を交えた日本人を信用している

マイノリティの気持ちを汲み取れないから...

 “右左”にかかわらず、先達のそういった悲しみ、儚さ、痛み、苦しみを感じ取れない人間が多数だからこそ、護憲派が憲法改正を認めないんだよ。

 人が死に、“10のうち1つでも痛みを感じることの出来ない人間だらけ”だからこそ、憲法を護りたいんだよ。

 “寄らば大樹の陰、長い物には巻かれろ”感覚が日本人の大半だからこそ、憲法を護りたいんだよ。

「長い物には巻かれろ」とは?意味や使い方を解説! | 意味解説

「寄らば大樹の陰」の意味と使い方・反対語・類義語・語源-心に響く名言を知りたいならuranaru 

“寄らば大樹の陰、長い物には巻かれろ”的なミーハーイジメ感覚

 ポチ感覚で米国追従を良しとする人間だらけだからこそ、護憲なんだよ。卑怯だから。イジメ感覚だから。

 先達はそうだったのか。本当に卑怯でイジメ感覚で世界と対峙したのか。ふざけんなよ。

“ポチ”だから信用されているわけでは無い

 日本国に対する信用とは、決してポチだからでも、戦後復興から得た豊かさのことでもない。欧米列強に、怯むことなく貧しくも勇敢に戦いを挑み、潔く散った先達に対する敬意。

 圧倒的の物量の前にも屈すること無く戦い抜き、故郷や愛する人をさいごまで思いながら、命を散らしていった先達に対する敬意。日本の心を汲み取ることもなく、ただただ、追従するだけの“ポチ”など簡単に切り捨てられる。

 米国からしたら、戦後日本など、言うほどどうでも良いと思っているかも知れない。戦後日本人ではなく、弱小国だが戦いを挑み、こぶしを交えた先達への最低限の礼。敬意。

 “ポチ”など相手にしていない。わきまえろよ、恥ずかしい。先達のみならず、米国に対しての敬意すら欠いている。