#2“kizunaロートシルト”さんはROCKが好き “9”

通信・J-ROCKは好相性 「ABCDEJは必須」 「一神教で母が好き」 電通で電気でヒカリエで東急でauの子 ROCK(青2黒2赤18)=22 “6915”

厳しさと優しさは一対。それは緊張と緩和。優しさインフレを起こしても意味がない | 出鱈目な優しさは依存症を生む。勝ち取る自由にこそ独立がある

出鱈目な優しさは、依存症を生む。人も国家も独立してこそ

 

「厳しさ」を向けるには個性をしっかり捉えている必要がある

 「優しさ」「厳しさ」とは、親子であれ、指導者とアスリート、または先生と生徒…云々と、どう言った関係性でも良いけども、「優しさ」と「厳しさ」をしっかり向けられないと、人は成長して行けないのではないか、と考えている。

f:id:ktake0606:20180722171226j:plain

 

基本線は自主性に任せる

 子供の頃は自然な感情の発露からでた言動を見守りつつ、度が過ぎた時や、失敗し落ち込んでいる様子の時など、その都度、話を聞いてやり、共に考えてみるのも良いと思う。

 ただ、基本線は自主性に任せる。

 自主性に任せ、自発的に自然な感情の発露から出てきた言動をある段階まで見守り続けると、大まかなキャラクターが見えてくるのだと考える。

 

競馬で例えるとすると

 競走馬で言うところの、生産育成段階と言えるのかも知れない。

 育成の中に馴致がある。その次の段階として入厩、その後調教、レースに出走となる。

 たとえが良いとは思わないが、サラブレッドですら、生産育成の段階で無理強いをさせない。

 慎重に馬一頭一頭の個性を見極め馴致を進めていく。

 馴致とはサラブレッドとしての宿命かも知れないが、馬具や人を乗せるための訓練。

 入厩後、厩舎でレースに出走するため調教を行う。馴致とは、その為の前段階と言える。レースとは、芸人さんで言うなら、舞台やテレビ出演など...

馴致(じゅんち):http://jra.jp/training/pdf/research_junchi.pdf

関連記事:

take0606.hateblo.jp

 

各々の個性を最大限に発揮させてこそ

 各々の舞台で、各々の個性を最大限に発揮させてこそ。

 与えられた、各々の個性を最大限に発揮させるために教育や親の躾けと言ったものがあるのだと考える。

 教育が競走馬で言うところの調教だと考えられるが、調教師が指導者か。厩務員などもそこに含む

 指導者が競技者や生徒の個性を最大限に発揮させられる様にする事こそと考えるなら、個性を見極めるための、最低限のコミュニケーションは必要になる。

 が、他にも指導しなければならない競技者や生徒がいるので、大まかにしか把握はできない。

 ただ、大まかにしか把握できないからこそ、前段階の生産育成で一頭一頭の個性をしっかりと捉えてこそとなる。

関連記事:

take0606.hateblo.jp

 

しっかり捉えることこそ親の役目

 自然な感情の発露として出た言動をしっかりと捉える。

 もちろんまずいことが起きる事もあるから、共に悩み考える事も必要。それが馴致かも知れないが、いずれにせよ、生産育成段階が親の役目なのでは無いか。

 調教師、教育者、指導者かも知れないが、生産から、それらの者に託すまでの重要な役割なのかも知れない。

 親ができることは、それ以上はないかも知れない。それ以降の専門的な事は、専門の人間に任せた方が合理的でもある。

 

個性を捉え得た情報を共有できる仕組み

 生産育成時に個性を捉え得た情報を、しっかりと指導者や教育者に伝えられる仕組みを作るのも良いかも知れない。

 競馬などは、そう言った競走馬の個性を生産者と厩舎関係者(調教師)が共有している。

 生産者と調教師が、親と指導者に該当する事になるが、この間でも子供の個性を共有できる仕組みが良いと思う。

 ただ、難しい話とは思う。効率的ではあるがプライバシーもへったくれも無くなる。問題は多々ありそう。

関連記事:

take0606.hateblo.jp

 

馬にも人同様に心がある

 競走馬で例えると、このようになる。もちろん、競馬だから。経済動物だから。

 高額で購入された競走馬を効率よく結果を出させてこその競馬。経済。現実、合理的。

 ただ、馬にも心がある。人間同様にあるのだとすると、参考になるようなところもありそうだ。

関連記事:

take0606.hateblo.jp

 

厳しさと優しさは一対。それは緊張と緩和

 「優しい」「厳しい」をその個性に向けるのだとすると、その個性がどう言ったモノなのかを理解していないと、優しい、厳しいを向ける事は出来ない。

 親なら、その個性がどう言ったモノかを理解している。

 それは、共に過ごした時間から自然と理解できるものだから、「優しい」「厳しい」を自然と向けられると思う。

 ただ、次の段階の教育者がどうするかとなる。たくさんの様々な個性を同時に指導しなければならない…だからこその最低限でも情報の共有が必要となる。

 

生い立ちなどの歴史を知る以外ない

 その個性を知るには、その個性の生い立ちや環境など、歴史を知る以外ない。

 その歴史を知るからこそ、嬉しかった、悲しかったなど、様々なことを親として知る。

 また、だからこそ、優しさや厳しさを子供に向けることができる。

関連記事:

take0606.hateblo.jp

 

全ての親が汲み取ることが上手いわけでは無い

 全ての親が察しが良く、子どもの心を汲み取る事が上手いわけではない。心を汲み取る事が上手い人間がいるのも事実だが、全てではない。

 いずれにせよ、同じ時間を過ごす事は必要。

 同じ時間という歴史から、その子がどういう子か把握もできる。辛い、楽しい、嬉しい、悲しいを共に過ごす。

 ようやく、それらの時間から「優しい」「厳しい」を適切に子供に向けられるとなる。

関連記事:

take0606.hateblo.jp

 

友人関係もそうかも知れない

 最初は他人行儀で、「優しい」「厳しい」などを向ける事もできない。

 世間話から始めるしかない。そこから、少しづつ信頼関係が作られていくのかも知れない。

 最後は信用するとなるが、最初から信用などはない。

 

信頼関係を結ぶ必要がある   

 信頼関係を結ぶことが必要になる。信頼できる人間からなら、厳しい言葉をぶつけられても、そうか、「俺の事を思って言ってくれているんだな」と考えられる。

 「優しさ」も信頼関係の中からでしか発揮できないはず。それは理解が簡単だから。バカでも理解できるが、それは甘え。甘さ。

 優しさだけではバカしか生まれない。人の気持ちを汲み取れないバカしか生まれない。

関連記事:

take0606.hateblo.jp

 

優しさインフレを起こしてもバカしか生まれない

 人の厳しい言葉を真に受け、本当はそいつを思って言った言葉なのに、「優しさ」すら理解できていないからこそ「厳しさ」も理解できない。

 「優しさ」は簡単だから無闇に発揮させてはならない。簡単だから。簡単なバカが好むから。

 与えすぎると、ハードルが下がる。緊張と緩和でこそと考えるが、バカは優しさだけをバカに与え、バカを大量生産する。テレビもそうか。

 緩和、緩和、緩和。キリがない。じゃぶじゃぶすぎて有り難みがない。

 優しさインフレを起こしてもバカしか生まれない。また、より上の優しさ?バカかw

関連記事:

take0606.hateblo.jp

 

出鱈目な優しさは、依存症を生む

 

バカと向けても駄目。男から強くなるしかない

 ただ、たとえば優しさだけを好む女性ばかりだったとして、バカ!と女性に向けても駄目。

 まず、男から強くなるしかない。現状、女性は不利なように思うから。

 男が、“アホバカ”でも言い訳ではなく姿勢で示すしかない。

 言葉よりも行動。両立できれば強いしかっこいい。それは、男から見てもかっこいいが、難しい。なので、行動を評価してこそ。

 SNS時代だからこそ、必要かも知れない。 

 汗水を嘘でもたらす姿勢。脚を引きずりながらでも公のために行動してこそ。アホバカと言われながらも、言い訳せず行動する姿勢。

 口はいい。まず動けと。苦しいかも知れないがダラダラすんなと。姿勢だけは示せと。男ほど示せと。

関連記事:

take0606.hateblo.jp

 

用意されたところに自由などない

 依存は支配されているという事。支配下、影響下にあるという事。なので独立が必要。

 自立と独立。

 支配下から死ぬ気で抜ける努力がないと、どれかの依存症になる。

 まずは、親からの独立。日本でいうならアメリカからの独立。

 依存から自由は生まれない。用意されたところの自由とは常に依存である事を意味している。

 勝ち取る自由にこそ独立がある。自主的に判断、行動した先に自由がある。用意されたところに自由などない。それは支配下。依存。

関連記事:

take0606.hateblo.jp