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take0606の日記

映画『この世界の片隅に』雑感 自由な表現は良い。ただ、無責任な自由は恥じたほうが良い |昭和20年8月6日午前8時15分広島 それは欧米列強の悪意 

家を内と外で守るものがいる

この世界の片隅に ジャンル アニメ 監督 片渕須直 主演 のん, 細谷佳正, 稲葉菜月

それは物量の悪意だった。数の暴力だった

 家を内から守るものがいる。外で戦い守るものがいる。

 それは物量の悪意だった。数の暴力だった。避けようが無い暴力だったかもしれない。

 たとえば、米国の対日外交が、

 “文化的、心理的、政治的な非合理性を考慮に入れなければならない場合もある”

 ...といった、ことから外れ、その結果が太平洋戦争だったとしても、現代人の価値観で断罪するのは、あまりにも先達に敬意を欠いている。

 そう言った敬意を欠いた自由は好きじゃない。暴力だよ。

片渕須直 - Wikipedia

のん (女優) - Wikipedia

強制外交 - Wikipedia

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国家総力戦に突入。日常生活全般から自由がなくなる

 teikoku.gif

https://fujissss.exblog.jp/10705930/

 たしかにモノがない。国家総力戦に突入すると、日常生活全般から自由がなくなる。モノがなくなると心がなくなる。

 モノは戦地に送られ、相手のモノと戦う必要がある。それは、国家総力戦のことかも知れないが、相手が悪い。物量の悪意。数の暴力。

国家総力戦 - Wikipedia

この世界の片隅に (映画) - Wikipedia

日露戦争までは、フェアプレーがあった

 第一次世界大戦から、国家総力戦の様相を呈してきたと言われている。 

 語弊があるかも知れないとお断りしつつ、日本における戦争。

 それが、日露戦争だったとして、日露戦争には心があった。フェアプレーがあった。ギリギリ人間の一線を超えていなかった。

 命を奪うとは何か、と言った事を感じて戦っていたのだろう。人を殺せば、10のうちの1でも、痛みを感じる心を持っていたのだと考えている。

 そう言った心を持っているからこそ、人に敬意を払える。

 それが敵だったとしても、敬意を払える。フェアプレーを貫ける。心。

 

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『水師営の会見』
旅順停戦条約(1905年)の記念撮影。中央左が乃木希典大将、右がアナトーリイ・ステッセリ中将

水師営 - Wikipedia

日露戦争 - Wikipedia

第一次世界大戦の戦線からの、この世の終わりのような写真28枚

映画『この世界の片隅に』

内向的な性格も、次第に...

 『この世界の片隅に』の劇中、主人公のすずは、内向的な性格で絵を描くことが好きだった。

 絵を描くことで自由を感じることが出来たのだろう。

 ただ、戦況は次第に悪化する。モノが無くなっていく。モノがなくなり、生活に追われるも日常を守ろうとしている。家の内で工夫しながらも日常を必死に守ろうとしている。 

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それは生きるための強さ

 劇中、後半になるにつれ、内向的だったすずの心の声が発せられてきたことが興味深い。

 モノもなくなり、負傷もし、人が合理性のもとで評価される中、次第にすずの心の声が発せられることが増えてゆく...

 絵を描く事から、言葉で表現するようになったということか。

 強い。強さなのだと感じる。たしかに以前のようにはいかなくなったが、生きるためにはどうするか、あるモノで生活するためにはどうするかを家の内で追求してきた、女性の強さのように映った。

強制外交 - Wikipedia

国家総力戦 - Wikipedia

この世界の片隅に (映画) - Wikipedia

自由な表現は良い。ただ、無責任な自由は恥じたほうが良い

 時代背景により、不自由を強いられた先達を描いていた作品だったかと思う。

 表現したくても、それを許されない時代だった。また、女性だけではなく、男性もそうだったかもしれない。

 男性は戦地で命をとして戦った。ただ、同様に女性は家を守るために戦っていた。ともに、必死に戦っていた。生きるために、自由を守るために。

 大切な人の自由を守るために。

 自由を必死に守ろうとした、先達に対する敬意を忘れてはならないと思う。いかに無責任な自由が情けないかを考えたほうが良い。

 それを恥じる心を持ったほうが良い。

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欧米列強の悪意。共産主義の悪意 

 日本国と日本人は世界の片隅に追いやられ、その状況下を少しでも覆そうと戦い抜いた。

 大事なものを育んだ故郷、そこで暮らす愛するもの、その自由を守ろうと必死に戦い抜いた。もちろん、勝てるはずが無い。おそらく、当時の日本の首脳も知っていたのではないか。

 現代人がふんぞり返り、自身を省みることなく“犬死に”との言葉を向けるのは安易。

 その敬意を欠く様が、戦後日本の姿そのものと言えるかもしれない...

共産主義 - Wikipedia

クールジャパン - Wikipedia

クールジャパンをお題目に、表現物を安易に批判する“夜郎自大野郎”

 近視眼的オタク素養で、すべてを理解したつもりの“夜郎自大野郎”は、独立できない日本国そのものがつくり出したとも言える。

 先達が、いくら願ってもかなわなかった自由。

 戦後の自由とは米国が用意したものでしかないにも拘わらず、甘んじて疑うことを知らない日本人そのものが、自由を奪っている。表現の自由を奪っている。日本文化の自由を奪っている。

 その敬意を欠いたさまが自由を奪っている。

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