#2“kizunaロートシルト”さんはROCKが好き “9”

通信・J-ROCKは好相性「ABCDJは必須」「一神教で母が好き」 電通で電気でヒカリエで東急でauの子 ROCK(赤18青2黒2 “22”) Red18 Blue2 White23 Black2=45 日本

東横線全21駅の思い出話 TY04祐天寺駅:2度にわたる文化大革命にも負けず、ようやく復興のめどが立ちそうです

祐天寺駅(ゆうてんじえき)は、東京都目黒区祐天寺二丁目にある、東京急行電鉄東横線の駅である。1927年8月28日に開業した。駅番号はTY04。

祐天寺駅 - Wikipedia

2度の“文革”に負けず、復興のめど

読書に関しては、落ち着いてできたのは20代後半から

 2018年夏。

 洗足池公園内にある図書館で勉強会をする時間を設けました。

 正直に言うと図書館というものを利用したことがあまりないのです。上京してからも、読書らしい読書というものもないので、落ち着いてできたのは20代後半からとなるのでしょうか。

 それまでは、目を通すものの、身が入らず、すぐに他のことを始めてしまう。読書というものにもあまり関心がなかったという事になります。ただ、実家の本棚には、たくさんの本があったので、たまに手に取っては目を通すという事を繰り返していたようです。

2006年夏“良くないこと”が理由となり入院。そこで知り合う

 すこし遠回りしてしまいましたが、話しを戻すとして、読書に身が入ったのは、20代後半からということになるようです。2006年夏に、“良くないこと”が理由となり、入院することになるようです。

 記憶が失われた。

 母に説明を求め、ひとまず、事情は理解できた。納得はひとつもいかなかったが仕方がない。つまり、記憶が失われた部分を除くと、数年ということになるようです。もちろん、“目を通した”というのをどうカウントすべきか、分からないが、身が入って読書できたのは、数年のようです。

 

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実家近くにある、目黒区立守屋図書館

2007年5月から某所で同居、ついたり離れたりを繰り返す

 2007年から某所で同居を始めます。ついたり離れたりを繰り返し、2009年夏まで、なんとなく過ごすことは出来ていました。

 この間、読書というのは、同居当時2007年5月~8月位までコツコツと続けられていたようです。どうしても、睡眠がおぼつかない。早朝覚醒をしてしまい、先にベットを出てしまう。起こすわけにはいかないので、他の部屋にゆき、そこで読書をしていたという事を繰り返していました。

 そのことが理由となり、ケンカになった事も度々あったようにも想いますが、それはそれで良い想いで。

祐天寺には、2003年3月から2007年4月までお世話になる

 実家近くにある、コンビニに向かうと、信号機が目に入る。手前のわき道を左折し道なりに歩いていくと、右手に小学校。正面には東急東横線の高架があり、そこをくぐると、左手に守屋図書館が見える。

 実家にお世話になっていた頃も、正確には、2003年3月から2007年4月まで、利用したことは殆どなかった。購入したものを読むことは続けていたが、図書館を利用したことがなかった。

 “司書のバイトをしている”

 そう言っていた、横浜時代の友人を想い返した。

 度々、新聞の切り抜きやお手紙を送ってくれていたが、返答が上手く出来ていなかった。疎遠になることも長く続いた。数年前に亡くなってしまったが、切り抜きに目を通すたびに、そいつの事を想う。

 記憶には残っていないが、手紙の封は開けられ、切り抜きを丁寧に折りたたんでしまっているところを見ると目を通しているのだろう。ただ、記憶には無い。が、先日、同居を続けていた部屋を片付けていた際に、目を通す機会があった。

 通じることが出来たのかと、丁寧に折られた切り抜きに目を通すことで、ようやく想えた。

 

司書(ししょ)は、図書館に置かれる専門的職員(専門職)のことである。図書館学等では厳密には、英語の Librarian に相当する図書館専門職の翻訳語としてもちいられるが、日本語における一般的な用例としては、図書資料を扱う仕事をしている図書館職員を専門的職員であるか否かを問わず広く司書と呼ぶこともしばしば見られる。

司書 - Wikipedia

図書館戦争シリーズ 文庫 全6巻完結セット (角川文庫)

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場所は違っていたかも知れないが、想っていた....

 何度か、再開や破局を繰り返し、なんとか過ごすことが出来ていたふたり。2009年にも、同居を再開。さすがにマズいと想い、自分もバイトを始めた。それと同時にそいつの調子が悪くなりはじめる。

 何か理由があったに違いないが、様子がおかしい。自分にも余裕がなかった。話し相手をもう少ししてやれば良かったのか。寂しい想いをさせていたのだろうか。その心を知ることは、もう難しいかも知れないが、そいつを想っていた。

 場所は違っていたかも知れないが、想っていた。

“東京ラーメンショー2019”10月24日より12日間開催

 こちらが、実家から歩いて直ぐのところに有る、守屋図書館になります。

 道なりに歩くと、駒沢通りに出られ、左折すると中目黒方面。右折し、しばらく歩いて行くと駒沢オリンピック公園になります。

 たびたび、イベントなどもおこなわれており、以前、東京ラーメンショーに参加したこともあります。その節はお世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします。

 ラーメンショー2019、10月24日(木)より12日間開催されるようです。

 

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ペンブックス16 キリスト教とは何か。II もっと知りたい! 文化と歴史 (Pen BOOKS)

ペンブックス16 キリスト教とは何か。II もっと知りたい! 文化と歴史 (Pen BOOKS)

1995年、家族とともに上京“図書館戦争”のはじまり

相当数の書籍を処分。言い方を変えるなら“焚書”と言えるかも

 その際、家にある蔵書を処分してしまった。家のサイズから考えると、相当数の書籍を処分してしまう。言い方を変えるなら“焚書”

 そういった事が家の中で行われてしまった。“図書館戦争”でもある。

 たしかに、引っ越しをする事から、処分が必要になったのかも知れない。が、問題はそこではない。確認を怠ってしまったということ。父に確認しなかった。

 それが全てと言えるのかもしれない。その点でご迷惑をおかけしたようにも想う。

71年どういった想いで過ごしていたか。その心を知る術はない

 父と話すことが難しい。

 介護が必要な状況になっており、まともに話すことも出来なければ、その心を知ることも出来ない。また、母も介護が辛そう。必要以上に問い詰めるのもマズいと感じる。

 そういった時に父の蔵書で確認出来れば良かった。その心を知ることが出来たはず。71年どういった想いで過ごしていたのか。出張も多い事から、良く家を空ける。

 知らない地で、どう過ごしていたのか、その心を知る術はない。

 

焚書(ふんしょ、英: book burning)は、書物を焼却する行為。通常は、支配者や政府などによる組織的で大規模なものを指す。

言論統制、検閲、禁書などの一種でもあり、特定の思想、学問、宗教等を排斥する場合、逆に特定の思想等以外を全て排斥する場合がある。現代では書物の他、レコード、写真、磁気テープ、ディスクメディアなどの情報格納メディアも対象に含まれる場合がある。

焚書 - Wikipedia

やさしい本泥棒 [AmazonDVDコレクション]

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“文化大革命”とも言えるのではないか....

2度の“文革”、父の心を知るすべはもうない。歴史が途絶えた

 少なく見積もっても、2度は文化大革命があったように想う。一度目は、理由があったにせよ、相当数の蔵書を母の独断で捨ててしまったこと。焚書ともいえる。

 2006年入院時のこと。

 電気けいれん療法によって記憶を失われてしまった。

 2度にわたる文革によって、我が家はあらゆる分野に渡って、後れを取ってしまった。いまだに深い傷跡を残しているし、自分もたびたび問題視してしまう。

 父は寝たきりの状態になっており、話すのもおぼつか無い。想いというものを知ることが難しくなってしまったが、蔵書などに目を通すことで、知る糸口になったはず。

 好んでいたものからイメージも出来たはずだし、そこから考える事も出来た。にもかかわらず、手元に当時のものが、ひとつも無いのだから、分断されてしまった。人の想いを繋ぐことが出来なくなってしまった。

 分断の歴史。歴史が途絶えてしまった。

 

文化大革命(ぶんかだいかくめい)とは、中華人民共和国で1966年から1976年まで続き、1977年に終結宣言がなされた、毛沢東主導による革命運動である。全称は無産階級文化大革命(簡体字: 无产阶级文化大革命, 繁体字: 無產階級文化大革命)、略称は文革(ぶんかく)。

文化大革命 - Wikipedia

いつまでも、過去に起きてしまったことを嘆いていても仕方ない

 過去にあったことが影響して、良くないイメージが占めている。そういった事がフラッシュバックとして現れたりと、悩みごとの中心が過去にある。

 できる限り、いまを見ることをしなければならない。未来より今。もし、今に悩み事があるなら、それは、過去の集積に違いないから、いままで好んでいたことをお休みして、他のものごとを好んでみたり、参加してみたりする。そういった事を繰り返してゆく中で、良くない状況も上向て行けると何かの書物で目にしたこともあるし、昨年、初頭にも同じように考えていた。

 もう一つのところで上手くいかなかったが、得られたものも大きかったし、いまの自分のためになっているはず。

 無駄な時間を過ごしたとも想ってもいない。

 

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ツレがうつになりまして。

ツレがうつになりまして。

“0歳から100歳”ではないが、恐れず色々なものを好んでいく

 繰り返しになってしまいますが、できる限り、何をするにしても、変化を恐れないで違ったものを好んでいくのも良しとしていった方が、自分の為にもなるはずだし、0歳から100歳ではないが、幅広く、働きかけられる人になれるようになるはず。

 誤解も減らせるはずだし、協力も得られやすいのではないか。自然とものごとへの向き合い方も前向きにるはずだから、うつ症状のようなもので、現状落ち込んでいるのなら、なおさら良いことのように想う。

 色々なものを好んでいく事を、恐れるのも良くないのではないかと考えられる。

 

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地元の本屋で万引き“中一のころ”

悪い心も確かにあったが断るのも苦手。友人に付き合い万引き

 横浜で暮らしていたころのお話。

 中1のころか。

 “万引き”ということになるのでしょう。

 もちろん、自分に悪い心がなかったか、と言われれば、そんな事はないし、断れなかったか、と言われれば断れた。が、友人に付き合い、地元駅近くにある、本屋で万引きをしたこともありました。

 最近、ルーツみたいなものを考える事がある。自分は何か。振り返ることが増えた。もともと、記憶力は良い方だし、イメージとして、幼少の頃からの事を頭にうかべることが出来る。

ここ数年で、本来持っているものをとり戻しつつある....

 2,3歳時の出来事なども、イメージとして頭にあるから、表現することで伝えることが出来る。ただ、これも、頭にイメージとしてあるが、表現としての何かに変換することが難しくなっていた。上京してから、その傾向は、年々強まっていたが、ここ数年で、本来持っているものをとり戻しつつある。

 それに伴い、記憶としてあるものを“表現としての何か”に一致しやすくなる。その結果として、お話をしやすくなるのもそうなら、表現としての何かに変換しやすくなった。

 

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2003年3月祐天寺五本木に引っ越し

新設された駅舎内STARBUCKSにお世話になる事が増える 

 祐天寺駅は改装されてから、それほど経っていない事から、新しい。

 現在、実家があるところに引っ越してきたのは、2003年3月。当時、駅周辺は今ほど栄えておらず、実家周辺も同様の事。新しくなった駅舎に店舗を構えるSTARBUCKSにお世話になる事が増えた。 

 時の流れが感じられる。13年経つが、祐天寺に越したころ、駅舎内にあった、喫茶店というのも趣はあったし、祐天寺駅周辺に書店が点在していたと記憶するが、1店舗。古本屋というのも減った。世の流れ。

 自分もAmazonに頻繁にお世話になるようになっている。

 STARBUCKSで考えごと....

 

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自分のようなマイノリティを拒絶?“昔ながらの趣ある”や“古き良き”

 以前よりも、サッカーのことが気になるようになった。普遍的なルールに則っているグローバルな競技スポーツがサッカー。反面、世界的なものではないが、ローカルで生き残りをかける、プロ野球。

 どちらがどうという事はない。

 “STARBUCKS”と昔ながらの趣のある喫茶店。こちらもどちらが正しいということも無いが、どうも現状の自分には、グローバル展開されている、“STARBUCKS”、があっているような気がする。

 自分のようなマイノリティを、“昔ながらの趣のある”や“古き良き”が受け入れてくれないような感じがするし、よその国の文化に触れるたび思う。

 とくに最近、よそのものほど強く、優しくあったと思うようになった。自衛隊中央病院の男性医師から受けた印象にも似ているが、強いものほど、そうあれるのだろうかと感じた。

グローバル企業や“世界的なスポーツ”サッカーは似ているか

 多種多様な人々に触れるという観点なら、グローバル企業やいわゆる“世界的なスポーツ”サッカーは同じようなものと捉えている。

 サッカー選手は、日本代表や国々のクラブチームに所属している事から、多種多様な人々や文化というものに自然と触れるられるし、その理解も深まるはず。反面、日本代表しての立振る舞いも問われることから、なお一層、“国”というもの意識せざる負えなない。

 また、世界共通のルールというものに則って進めて行かなけなければならない事から、共通認識というものを高める必要もあるし、共有していくものも、その都度あるのだろうか。

 情報共有するためのコミュニケーションも必要なのだし、怠る事も良くない事か。

ローカルは難しい。理解されるまで繰り返し行う必要があるのだろう

 ローカルは保守的というのも理解できる。

 グローバル展開しているものに太刀打ちは出来ないが、国々の守るべき何かというものがあるはず。伝統や文化かも知れないが、必ずある。

 ローカルの“守るべき何か”というものを出来る限り、グローバル側に説明していく必要があるのではないか。

 理解されるまで繰り返し行う必要があるのではないかと、考えている。

 

世界のサッカー名将のイラスト戦術ガイド

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年齢的にも、健康面に配慮しなくては....

“アップルクランブルパイ”を注文!甘いものがやめられない

 幼いころは、甘いものをあまり好まなかった。

 母が文房具店を営んでいました。また、文房具だけでなく、駄菓子も売っていましたが、好んで甘いのものを積極的に食べる感じでもありませんでした。

 ただ、年を追うごとに、甘いのを好むようになって行きました。また、飲み物も同様に甘いものばかり。年齢的に、健康面に配慮しなければならなくなってきた事からも、飲み物に配慮してみました。

 『アップルクランブルパイ』を注文したので、『スターバックスラテGサイズ』に変えてみました!

 受け取ると、“リンゴ” うれしくなり、思わず写真に収めました(*‘ω‘ *)

 

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追記19’10/15:ハロウィン レッド ナイト フラペチーノ注文

 イオン碑文谷に用事があり、実家から歩いて向かいました。

 最寄り駅でもある、祐天寺駅から、一駅先の学芸大学駅から歩いて10分弱のところに位置したところにあります。

 1995年家族と上京。

 以降2003年まで目黒区下目黒にお世話になりました。当時の自宅マンションまで向かい、付近を散策。振り返りながら、環七方面へと向かわせました。道中、街並みも変化があり、当時と照らし合わせても、キレイになっているように想われる。

 イオンになるまで、ダイエー碑文谷としてなじみがあり、ダイエーホークスが優勝した際、セールが行われていたことを想いだされます。

 店内にある、カフェで博多明太パスタ、ホットアールグレイをいただきながら、そんなことをボンヤリ想い返していた。食事を済ませ、少しだけ、店内を見渡した。

 ダイエー碑文谷時代を知るものとしても、なんどかのリニューアルオープンかさね、良いものになっているように感じられた。

 途中、STARBUCKSの新商品が目にとまる。

 "ハロウィン レッド ナイト フラペチーノ”

 食事を済ませてしまっているので、ひとまず、店を後にした。

 目黒通りをはさんだところに、イオン碑文谷別館があり、オーガニック食品などがメインになっている。計3点購入することが出来た。併設する形で、イオンバイク碑文谷店があり、気になる自転車が何点かあり、いずれ、また、伺いたいと思います。 

 

甘酸っぱいミックスベリーとホワイトチョコレートブラウニーの赤く魅惑的なフラペチーノ®。
ボディ部分は、ラズベリー・ストロベリー・クランベリーをミックスした甘酸っぱいレッドベリーソースと、アーモンド入りのホワイトチョコレートブラウニーを合わせ、仕上げに、ホイップクリーム、レッドベリーソース、ブラックココアパウダーをトッピングしました。
宵闇を思わせる赤いフラペチーノ®を片手に、マスカレードの始まりを楽しんでみませんか。

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体の不調も見られているので、休みを取れたらうれしいです

 本音を言ってしまうと、正直言って疲れました。

 ここ数年休みなしで動き回っていたためかしんどいです。昨年も、夏の甲子園決勝の半日休んだだけで、年中無休。年齢的にも無理が効かなくなってきており、体の不調も様々なところに見られている事からも、休みを取れたらうれしく想います。 

 

 朝から落ち着きがない。フラッシュバックが理由になっている。どういったものとは説明することは難しいが、記憶の失われてしまった部分に、“良くないもの”がむずびつき、繰り返し見えてしまう。

 そういう事になるのか。分からないところでもあるが、とくに朝方は、落ち着かないことが多く、イライラしやすい。なので、散歩などをして、できる限りリラックス出来るように工夫している。

 ただ、やはり、それでも難しい。自分ひとりだけでなく、関わり合うことも必要になっていることから、協力を得られないと難しいかもしれません。

 ぼやいてばかりでも仕方ないので、今日も散策して来ました。

 

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十日森稲荷神社 

十日森稲荷神社は、目黒区中央町にある稲荷神社です。十日森稲荷神社は、島崎佐五衛門の邸内にあった屋敷神として創建、のち当地に遷座し、旧上目黒村五本木組の鎮守となっていました。

十日森稲荷神社|目黒区中央町の神社

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To the sea 

 東急東横線高架下を利用した店舗になります。以前は、古着屋さんが入っており、何度かお世話になった事もあります。場所は、五本木交差点から、駒沢通りを山手通りに方面に向かうと高架下がすぐのところに有りますので、興味がある方はぜひぜひ。

 

甘いもの、こもっては食べ。 まるで「DEATH NOTE」“L”のように

道を挟む形で郵便局 “進撃の巨人展FINAL”ポスターが気になる

 目黒区五本木にお世話になること、16年になります。自宅から歩いて直ぐのところに、東急バスの停留所、五本木一丁目があり、乗車することで、目黒に行くことも出来れば、三軒茶屋に向かうことも出来ます。

 以前は、郵便局の近くに、地元のスーパーがあったのですが、世の流れでしょうか、“まいばすけっと”が来るのと同じくして撤退してしまいました。

 小さい頃は、甘いものを好んではなく、甘い飲み物も好んで口にするタイプでもなかった。なぜだか、大人になるにつれ、甘いものが好きになるのだから分からない。

 まいばすけっとでいつもの様に駄菓子や清涼飲料水を複数買い求めた。自宅まで、距離はないが、考えごとをすこしだけすることが出来た。

 これからの事。少しづつ話せて行けたら良いと思います。

 

五本木郵便局掲示板に貼られていたポスター(*‘ω‘ *)

進撃の巨人展FINAL   

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DEATH NOTE デスノート

DEATH NOTE デスノート

設定変更がなされた。初音ミクからニア・テッペリン

 ある事が理由となって記憶喪失になってしまいました。

 2006年8月末から、さかのぼること、2004年後半くらいまで記憶が無いのです。なくなってしまった理由はひとまず置いておくとして、失われてしまったものは仕方ない。取り戻すことは一生できない。

 いつまでも悩んでいても仕方ないので、設定を変更しようかと思います。2006年9月に、送り込まれた。地球上に送り込まれた、生きもの(?)

 ベースになるものは、ニア・テッペリン。

 『天元突破グレンラガン』

 詳しくは、どうにかして見てくれ。

記憶が失われたことにより、歴史の連続性も途切れてしまう....

 2年弱の記憶が失われたことにより、歴史の連続性も途切れてしまう。繰り返していく日々というのも、一瞬で失われてしまう。生活も何もあったものでもない。

 “人間ではない”と考える必要が出てきてしまう。“人間ではない”という点、心はあるというギャップに悩み、考え込んでしまっている。

 設定の部分もあるし、本音でもある。重なる点も多い事から、ニア・テッペリン。

 過去は捨てました。2006年以前を捨てる。

 あくまでも設定ですが(*‘ω‘ *)

 

失われた記憶の部分に、良くないものが変に結びついているのでは

 2年弱の記憶が失われている。

 2006年9月以降の、回復の過程で“良くないもの”が断片化されている記憶に変なふうに結びつき、悪さをしているのではないかと考えている。

 実際のところは分からないが、イメージし言葉で表現するなら、この様になる。

 悪さをしてしまうのも仕方がないこと。どうしても、フレッシュバックとして現れてしまうの仕方がない。現れるものは現れる。なので、できるだけ、前向きに考えられる方法を探る必要があった。

 そのひとつのあり方として、ニア・テッペリン。

 再度変更の可能性も排除はしない(*‘ω‘ *)

 

現状45歳になるが、30~32歳の記憶が失われてしまった...

 初音ミクから、ニア・テッペリンに移行するのは結構なこと。初音ミクは無理があるし、現実的な判断とも想えない。記憶を失われて以降の状況を鑑みると、どうも、ニア・テッペリンの方が適しているのではないか。

 2007年からとり戻すという観点からも、ニア・テッペリンに軍配が上がる。記憶を失われてしまったがために、歴史の連続性も途絶え、日本史で何かをかんがえるというのも無理がある。

 現状45歳になるが、30~32歳の記憶が失われてしまったという事になるから、ありえない話でもあるし、納得も行かない。そんな事ばかり言っていても仕方ないことでもあるから、やはり、ニア・テッペリン。

 2007年に、アンチ・スパイラルより送り込まれた、ロージェノムの娘。メッセンジャー。

 設定上、現状12歳という事になる。ニア・テッペリン。

中野ブロードウェイ、たびたびお世話になりました

 時期的は、2007、2008年という事になりますか。その時期は、たびたび訪れたように記憶していますし、両親の若い頃同棲していた、高円寺が近くにある事もあって、印象深い場所になっております。

 機会がありましたら、お邪魔したいとも思います(*‘ω‘ *)v

 

 本音を言ってしまうと、日本も東京も嫌いになってしまった。

 ただ、やはりそればかり言っても相手にもされない。なので、好むものは、日本より外になってしまうのは仕方ないが、身近なものや地域、お世話になった人の心を尊重することで誤解を減らしていく事が出来るのではないかと、そのように考えているし、その方が理解も協力も得られやすいのではないか、そう考えています。

たびたび思いだされた母の言葉“なぜ?人を疑うがってしまうのか”

 今回の一件で、たびたび思いだされた言葉というものがあった。母の言葉。

 “なぜ?人を疑うがってしまうのか”

 自分に良くない心を持っているから、相手にも同様にあると思ってしまう。

 相手を疑うという事は、自分が悪い心を持っているから相手に見てしまうだけで、そうでは無いのかもしれない。

 疑うという事は、自分が悪い心を持っているのと同じだし、おそらく、過去に悪い事をしてしまったから、相手を信じることが出来なくなったという事になってしまう。

 そんなこと想いだされた。

 

「死ぬんじゃねーぞ!!」 いじめられている君はゼッタイ悪くない (文春e-book)

「死ぬんじゃねーぞ!!」 いじめられている君はゼッタイ悪くない (文春e-book)

意識的に“日本”にとらわれない様にする

記憶が失われてしまったがため、歴史にこだわると息苦しく...

 記憶が失われてしまったのは仕方ない。二度ともどってこないのだから、プラスに考えられた方が健全。

 たとえば、プラスに考えるには、どのようにすればよいか。

 記憶が2年弱失われてしまった。歴史が途絶えた事でもあるから、日本史で考えるの控える。ひとつのあり方。

 日本史を控えるの同時に“日本”という考えにとらわれないようにする。

“日本”を捨てるのは良いが誤解も。なので、身近なものを大事に

 意識的に、“国”というものにとらわれない様にしつつ、家族や親せきを大事にし、お世話になった人、地域にも配慮することで、わざわざ、国や日本など言う必要もなくなるし、誤解も減らせるはず。

 本音を言ってしまえば、日本など嫌いなのだから、国や日本などと口にするのも無理がある。ただ、こればかり言って、よそのばかり好むと不審がられる。なので、現実では地元や地域、身近なものを尊重する。

 ただ、好むものは、より外。誤解も減らぜるはず。

“属したら負けかなと想っている” ニアシストドクトリン

 属していい事は一つもないと考えており、属さないことが、自分にとってプラスになっていたと考えている。いまさら、どこかに属したところで、良いことは一つもないことも分かる。

 今まで、どこかに属したことでめんどくさいことに巻き込まれてしまっていたのだとすると、そういった過去の経験からも、“属すのは”まずありえない。たしかに、条件によっては、変化もありそうな気もするが、おそらくない。

 “属さない”

 

ドクトリン (doctrine) とは、政治、外交、軍事などにおける基本原則をいう。元々の意味は「教理」、「教え」。原義は「前提とするもの」。軍事では、戦闘教義(略して単に「教義」)ともいう。

ドクトリン - Wikipedia

“Quiz”クイズラリーに昨年参加

地元祐天寺、中目黒で催された回に参加することが出来た

 “中目黒”クイズラリーは3人で挑んだものの、自分は途中抜ける事になってしまう。

 どういうことが理由となり、そうなってしまったかはここでは避けるが、いずれにしても、2人には申し訳なかったように思う。

 ただ、クイズラリー後に中目黒にある、カフェのようなところで食事をとる事が出来た。楽しい時間を過ごすことが出来たし、短い時間ではあったものの参加することができたのは良かった。

 

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祐天寺クイズラリーは、2人で参加する事になった

 駅改札前で待ち合わせをしたものの、どこで行われているのか、分からない。

 ひとまず、駅周辺をお話をしながら、歩いてみることにした。駒沢通り方面から、組織するような人がこちらに向かってくる。

 聞いてみようではないかとそう思い、声をかけてみることにした。すると、どうも2人がイメージしていた方向とは反対側。西口の様子。

 丁寧に説明をしてくれた組織する人に会釈をし向かうことにした。小学校の校庭がスタート地点らしい。用紙を手渡され、さっそく駅周辺を歩いて回った。

 点在する、店舗前に4択形式のクイズが張り出されており、答えを用紙に記入していく。ひとつずつ、しらみつぶしして行き、ゴールにたどり着く。

 簡単に説明するとそうなるが、“4択形式のクイズ”の成否というものに重きを置いておらず、友人と“楽しい時間が過ごせれば”、そのように考えていた。“クイズ”に関しても、パッパッっと次から次へと答えを記入し、会話をする事に重きを置いた。

 自分としては、楽しい時間を過ごせていたし、ありがたく想っています。有難うございました。

 

最寄り駅の祐天寺・学芸大学はどちらも7分くらい

読売新聞販売店が東横線高架下付近ある“号外ラグビー代表決定”

 祐天寺駅から歩いて7分くらいのところに実家があります。

 最寄り駅は祐天寺駅という事になっておりますが、学芸大学駅も歩いて7分前後と、どちらにも出やすい場所といえるでしょうか。学芸大学方面に向かう際、五本木交差点を渡る必要がありますが、駒沢通りと交わるポイントとも言えそうです。

 ひとまず、交差点を渡り道なりに行くと、高架が見えてきますが、東急東横線の高架になります。

 読売新聞販売店が高架下付近にあり、早朝散策をする機会を持つのですが、配達員のバイクが出入りしていたりと忙しそうにしているところに出くわしたりもします。

 新聞配達をしながら大学に通っていた友人を何人か知るので、気にしてみているのです。その販売店の軒先で、号外が配布されていた。

 “ラグビー代表決定”

 目にとまり、手にとる事にしました。

 

こちらがその号外“ラグビー代表決定”   

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“号外”で思い出されるのは、“日本航空123便墜落事故”

 “号外”で思い出されるのは、渋谷駅南口でのこと。

 “日本航空123便墜落事故”

 前日、家族でテレビを見ているとニュース速報のテロップが流れた。どうも、飛行機が墜落したらしい。当時、子どもでもあったことから、簡単に人が死んでしまう事にショックを受けてしまった。

 小2のころ、父の実家である北海道根室市に向かう際、羽田空港から飛行機を利用して、ひとりで向かったことからも、言うほど“怖い”という印象は持っていなかった。

 ただ、ニュース速報やテロップからも分かるように、次から次へと人が亡くなることが確認されていく。とにかく、その状況が怖く感じられた。

 翌日、栃木の大田原市に向かう予定でもあった。家で、怖いニュースを目にするより、外へ行き、気分転換もはかれたら良かった。幸い。

 渋谷駅南口から、山手線改札に向かおうとした際、号外が配られており、生存者がいた事が確認できた。子どもながら、印象深いニュースであった。

 

日本航空123便墜落事故(にほんこうくう123びんついらくじこ)は、1985年(昭和60年)8月12日午後6時56分28秒、東京・羽田空港発、大阪・伊丹空港行の同社定期便だった、JAL123便(ボーイング747SR-46、機体記号:JA8119、製造番号:20783)が、ボーイング社の不適切な修理が原因とされる後部圧力隔壁が飛行中に破損、垂直尾翼と補助動力装置が脱落し、油圧操縦システムも全喪失した。

結果、完全に操縦不能に陥り、迷走飛行の末、最終的に群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称:御巣鷹の尾根)へ墜落した。

日本航空123便墜落事故 - Wikipedia

大きく強いものほど、度量や寛容さを待ち合わせてなければならない

 どうも、落ち着かない日々が続いている。散歩をすることにした。“体内時間”を25から24にするため。

 最近、頻度が増えた、学芸大学“STARBUCKS COFFEE”にお世話になりました。店内を見渡すと、想い想いに過ごしている。色んなやつがいる。もちろん、自分もその一人。

 ヘンなやつのひとりに違いない。

 “東京は疲れた”とは言うものの、“ヘンなやつ”を受け入れる度量を地方が持ち合わせているのかと考えることもある。おそらく無いのだろう。たとえば、ローカルの喫茶店と、グローバル企業を比較したらどうか。今回なら、“STARBUCKS COFFEE”

 “ヘンなやつ”を受け入れる度量を持ち合わせているのは、ローカルよりグローバルなのだろう。地方よりも東京。

 ローカルをローカルは受け入れない。大きく強いものほど、度量や寛容さを持ち合わせている。そのように考えている。

 昨年あたりから、テーマになっており、自衛隊中央病院で受診した際にも同様の事を考えていたが、“強く優秀なものほど”、やさしさを発揮しやすいのではないか。

 余裕があるから。誰よりも優れていると知っているから、意地の悪い事をする必要もない。いちいち、マウントをとる必要もない。誰よりも優れていると知っているから。

 “自衛官でありながら、医者だと”

 “女性医官”

 最近気になる(*‘ω‘ *)

ひとつひとつを良いものに変えることで体調もそうなら表現も同様に

 ボンヤリ、過ごした。

 身のまわりの人が大事だし、お世話になったモノコトもそう。

 親戚もそうなら、友人知人もそう。遠くの方を見すぎていたようにも感じられ、それが理由となって、誤解されていたようにも想う。

 地元や地域というものを見つめ直しつつ、体調も良くない事から発せられる表現で迷惑もかけれらないと考えている。

 先日、自衛隊中央病院にお世話になった際、女性医官とのやり取りの中で、考えたことがあった。

 調子も良くないから、頻繁に診察を受けるものの、不調の原因が見つからない。

 現状、手足先のしびれに悩まされているが、決定的なものが分からない。“原因はコレ”とまで言い切れないなだとか。

 “ビタミン剤などを処方することも出来るが、一時的なものだけど、どうしますか?”

 その様にも聞かれたが、断った。

 医師との話の中でも、一時的な対処としての何かでは改善は見られないなと、想えていた事から、断わり、食生活など、日々の暮らしの改善をする中で、体調や心持ちというのにも変化がみられ、状態が上向いてくるのではないかと話し、診察室を後にした。

 日々の生活を、ひとつひとつを良いものに変えることで体調が改善される。結果として、表現されるものも良いものに変わっていくと信じて過ごしていくしかないのだろう。

 

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