こじらせ"S”さんのzakki

"通信、紙媒体、J-ROCKの三位一体でこそ” ヤタガラス、ライオン、ユニコーンのトリニティを内包(*‘ω‘ *)

東横線全21駅の思い出話 TY04祐天寺駅:丁寧に折られた切り抜きに目を通すことで、その人の心を想えた....

祐天寺駅(ゆうてんじえき)は、東京都目黒区祐天寺二丁目にある、東京急行電鉄東横線の駅である。1927年8月28日に開業した。駅番号はTY04。

祐天寺駅 - Wikipedia

丁寧に折られた切り抜きに目を通すことで、その人の心を想えた....

読書に関しては、落ち着いてできたのは20代後半から

 2018年夏。

 洗足池公園内にある図書館で勉強会をする時間を設けました。

 正直に言うと図書館というものを利用したことがあまりないのです。上京してからも、読書らしい読書というものもないので、落ち着いてできたのは20代後半からとなるのでしょうか。

 それまでは、目を通すものの、身が入らず、すぐに他のことを始めてしまう。読書というものにもあまり関心がなかったという事になります。ただ、実家の本棚には、たくさんの本があったので、たまに手に取っては目を通すという事を繰り返していたようです。

2006年夏“良くないこと”が理由となり入院。そこで知り合う

 すこし遠回りしてしまいましたが、話しを戻すとして、読書に身が入ったのは、20代後半からということになるようです。2006年夏に、“良くないこと”が理由となり、入院することになるようです。

 記憶が失われた。

 母に説明を求め、ひとまず、事情は理解できた。納得はひとつもいかなかったが仕方がない。つまり、記憶が失われた部分を除くと、数年ということになるようです。もちろん、“目を通した”というのをどうカウントすべきか、分からないが、身が入って読書できたのは、数年のようです。

実家近くにある、目黒区立守屋図書館

2007年5月から某所で同居、ついたり離れたりを繰り返す

 2007年から某所で同居を始めます。ついたり離れたりを繰り返し、2009年夏まで、なんとなく過ごすことは出来ていました。

 この間、読書というのは、同居当時2007年5月~8月位までコツコツと続けられていたようです。どうしても、睡眠がおぼつかない。早朝覚醒をしてしまい、先にベットを出てしまう。起こすわけにはいかないので、他の部屋にゆき、そこで読書をしていたという事を繰り返していました。

 そのことが理由となり、ケンカになった事も度々あったようにも想いますが、それはそれで良い想いで。

祐天寺には、2003年3月から2007年4月までお世話になる

 実家近くにある、コンビニに向かうと、信号機が目に入る。手前のわき道を左折し道なりに歩いていくと、右手に小学校。正面には東急東横線の高架があり、そこをくぐると、左手に守屋図書館が見える。

 実家にお世話になっていた頃も、正確には、2003年3月から2007年4月まで、利用したことは殆どなかった。購入したものを読むことは続けていたが、図書館を利用したことがなかった。

 “司書のバイトをしている”

 そう言っていた、横浜時代の友人を想い返した。

 度々、新聞の切り抜きやお手紙を送ってくれていたが、返答が上手く出来ていなかった。疎遠になることも長く続いた。数年前に亡くなってしまったが、切り抜きに目を通すたびに、そいつの事を想う。

 記憶には残っていないが、手紙の封は開けられ、切り抜きを丁寧に折りたたんでしまっているところを見ると目を通しているのだろう。ただ、記憶には無い。が、先日、同居を続けていた部屋を片付けていた際に、目を通す機会があった。

 通じることが出来たのかと、丁寧に折られた切り抜きに目を通すことで、ようやく想えた。

場所は違っていたかも知れないが、想っていた....

 何度か、再開や破局を繰り返し、なんとか過ごすことが出来ていたふたり。2009年にも、同居を再開。さすがにマズいと想い、自分もバイトを始めた。それと同時にそいつの調子が悪くなりはじめる。

 何か理由があったに違いないが、様子がおかしい。自分にも余裕がなかった。話し相手をもう少ししてやれば良かったのか。寂しい想いをさせていたのだろうか。その心を知ることは、もう難しいかも知れないが、そいつを想っていた。

 場所は違っていたかも知れないが、想っていた。

 

司書(ししょ)は、図書館に置かれる専門的職員(専門職)のことである。図書館学等では厳密には、英語の Librarian に相当する図書館専門職の翻訳語としてもちいられるが、日本語における一般的な用例としては、図書資料を扱う仕事をしている図書館職員を専門的職員であるか否かを問わず広く司書と呼ぶこともしばしば見られる。

司書 - Wikipedia

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1995年、家族とともに上京“図書館戦争”のはじまり

相当数の書籍を処分。言い方を変えるなら“焚書”と言えるかも

 その際、家にある蔵書を処分してしまった。家のサイズから考えると、相当数の書籍を処分してしまう。言い方を変えるなら“焚書”

 そういった事が家の中で行われてしまった。“図書館戦争”でもある。

 たしかに、引っ越しをする事から、処分が必要になったのかも知れない。が、問題はそこではない。確認を怠ってしまったということ。父に確認しなかった。

 それが全てと言えるのかもしれない。その点でご迷惑をおかけしたようにも想う。

71年どういった想いで過ごしていたか。その心を知る術はない

 父と話すことが難しい。

 介護が必要な状況になっており、まともに話すことも出来なければ、その心を知ることも出来ない。また、母も介護が辛そう。必要以上に問い詰めるのもマズいと感じる。

 そういった時に父の蔵書で確認出来れば良かった。その心を知ることが出来たはず。71年どういった想いで過ごしていたのか。出張も多い事から、良く家を空ける。

 知らない地で、どう過ごしていたのか、その心を知る術はない。

 

焚書(ふんしょ、英: book burning)は、書物を焼却する行為。通常は、支配者や政府などによる組織的で大規模なものを指す。

言論統制、検閲、禁書などの一種でもあり、特定の思想、学問、宗教等を排斥する場合、逆に特定の思想等以外を全て排斥する場合がある。現代では書物の他、レコード、写真、磁気テープ、ディスクメディアなどの情報格納メディアも対象に含まれる場合がある。

焚書 - Wikipedia

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“文化大革命”とも言えるのではないか....

2度の“文革”、父の心を知るすべはもうない。歴史が途絶えた

 少なく見積もっても、2度は文化大革命があったように想う。一度目は、理由があったにせよ、相当数の蔵書を母の独断で捨ててしまったこと。焚書ともいえる。

 2006年入院時のこと。

 電気けいれん療法によって記憶を失われてしまった。

 2度にわたる文革によって、我が家はあらゆる分野に渡って、後れを取ってしまった。いまだに深い傷跡を残しているし、自分もたびたび問題視してしまう。

 父は寝たきりの状態になっており、話すのもおぼつか無い。想いというものを知ることが難しくなってしまったが、蔵書などに目を通すことで、知る糸口になったはず。

 好んでいたものからイメージも出来たはずだし、そこから考える事も出来た。にもかかわらず、手元に当時のものが、ひとつも無いのだから、分断されてしまった。人の想いを繋ぐことが出来なくなってしまった。

 分断の歴史。歴史が途絶えてしまった。

 

文化大革命(ぶんかだいかくめい)とは、中華人民共和国で1966年から1976年まで続き、1977年に終結宣言がなされた、毛沢東主導による革命運動である。全称は無産階級文化大革命(簡体字: 无产阶级文化大革命, 繁体字: 無產階級文化大革命)、略称は文革(ぶんかく)。

文化大革命 - Wikipedia

いつまでも、過去に起きてしまったことを嘆いていても仕方ない

 過去にあったことが影響して、良くないイメージが占めている。そういった事がフラッシュバックとして現れたりと、悩みごとの中心が過去にある。

 できる限り、いまを見ることをしなければならない。未来より今。もし、今に悩み事があるなら、それは、過去の集積に違いないから、いままで好んでいたことをお休みして、他のものごとを好んでみたり、参加してみたりする。そういった事を繰り返してゆく中で、良くない状況も上向て行けると何かの書物で目にしたこともあるし、昨年、初頭にも同じように考えていた。

 もう一つのところで上手くいかなかったが、得られたものも大きかったし、いまの自分のためになっているはず。

 無駄な時間を過ごしたとも想ってもいない。

 

ツレがうつになりまして。

ツレがうつになりまして。

“0歳から100歳”ではないが、恐れず色々なものを好んでいく

 繰り返しになってしまいますが、できる限り、何をするにしても、変化を恐れないで違ったものを好んでいくのも良しとしていった方が、自分の為にもなるはずだし、0歳から100歳ではないが、幅広く、働きかけられる人になれるようになるはず。

 誤解も減らせるはずだし、協力も得られやすいのではないか。自然とものごとへの向き合い方も前向きにるはずだから、うつ症状のようなもので、現状落ち込んでいるのなら、なおさら良いことのように想う。

 色々なものを好んでいく事を、恐れるのも良くないのではないかと考えられる。

 

司馬遼太郎『功名が辻』“良妻賢母”お千代さん

“千代紙”の名の由来:“綺麗な端切れ”を集めパッチワークに

 “良妻賢母”として知られるようになった、お千代さん。土佐藩初代藩主山内一豊の正室山内一豊の正室としても知られる。

 2006年大河ドラマ『功名が辻』でも描かれてもいた。この、お千代さん。千代紙の名の由来になったのだそう。綺麗な端切れを集め、パッチワークのようにして何かをつくっていたらしい。

 “綺麗な端切れ”そのものが、千代紙の元になったのだとか。

 “綺麗な端切れを集めパッチワークをして何かをつくる”

 良妻賢母そのもの。

 

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水害をなくす願いを込めて、“河中”から“高知”と名を改めた

 長宗我部氏が土佐一帯の領主であったが、関ヶ原の戦いでの功績が認められ、土佐一国の領主を任された山内一豊。

 どうも、領主を任された土佐一帯は、水に難があることが分かった。

 十年の歳月をかけて築城を完成しその城を河中山城、城下町の名を河中(こうち)と命名。築城には成功したものの水害がなくならない。

 二代藩主・忠義は水害をなくす願を込めて、“河中”から“高知”と名を改めたのだとか。

 

見性院(けんしょういん、1557年(弘治3年)- 1617年12月31日(元和3年12月4日))は、戦国時代から江戸時代にかけての女性で、土佐藩初代藩主山内一豊の正室である。本名は「千代」とも「まつ」ともいわれるが、定かではない。

夫に馬を買わせるために大金を差し出した話や、笠の緒文などの様々な逸話で知られ、良妻賢母の見本とされる。正式な法号は見性院殿且潙宗紹劉大姉。

見性院 (山内一豊室) - Wikipedia

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地元の本屋で万引き“中一のころ”

悪い心も確かにあったが断るのも苦手。友人に付き合い万引き

 横浜で暮らしていたころのお話。

 中1のころか。

 “万引き”ということになるのでしょう。

 もちろん、自分に悪い心がなかったか、と言われれば、そんな事はないし、断れなかったか、と言われれば断れた。が、友人に付き合い、地元駅近くにある、本屋で万引きをしたこともありました。

 最近、ルーツみたいなものを考える事がある。自分は何か。振り返ることが増えた。もともと、記憶力は良い方だし、イメージとして、幼少の頃からの事を頭にうかべることが出来る。

ここ数年で、本来持っているものをとり戻しつつある....

 2,3歳時の出来事なども、イメージとして頭にあるから、表現することで伝えることが出来る。ただ、これも、頭にイメージとしてあるが、表現としての何かに変換することが難しくなっていた。上京してから、その傾向は、年々強まっていたが、ここ数年で、本来持っているものをとり戻しつつある。

 それに伴い、記憶としてあるものを“表現としての何か”に一致しやすくなる。その結果として、お話をしやすくなるのもそうなら、表現としての何かに変換しやすくなった。

 

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映画『シザーハンズ』雑感 2度目の鑑賞になるが

何れにせよ“マイノリティ”には正しさは無いということか....

 違いを認め合うことの難しさを感じる。互いの良い部分を尊重しあうことで成立するものと考えていたが、やはり、難しい。

 2006年以降の総括をするのなら、そういう事になってしまうのだろう。ここ数年で、本来、持ち合わせていたものを取り戻しつつある。

 2007年が底とするのなら、多少の上下はあるも、上昇トレンドを描きつづけて今に至っている。が、底であれ、今現在であれ、互いに尊重しあえているのか疑問だ。

2007年が底、上昇トレンドを描き今に至るが....“変わり者だから...”

 “マイノリティ”には正しさは無いということなのか。2006年以降、終始そういった想いでしか無いのであるのなら、やはり、そういう事になる。

 変わり者だからおかしい。変だから正しくない。そういう事になってしまう。マイノリティだから正しくない、そういう事でしかない。

 ただ、振り返ってみると、通信は優しかった様に想うし、外の文化というものも、つねに強くあり、優しくあった、そういった想いでしかない。

 通しで鑑賞したのは、2度目になるが、前回とそう変わらない考えになった。

外の世界と常に合わないから少数。なので誤解されやすい....

 自分が大事にしているものと、家族が大事に想うものが噛みあっていない。両親がこうあってほしいとも、自分は噛み合わない。また、外とも噛み合いづらい。

 これに関しては、誤解の中で成り立っている感もあるから、そこまで心配はしていないが、考える事はある。経験則から導き出されたものは、通信、紙媒体、J-ROCKの三位一体でこそ。

 コミュニケーション。イメージする力の為にも良い。

 

『シザーハンズ』(原題: Edward Scissorhands)は、1990年のアメリカ映画。純真無垢な心を持つ人造人間と少女の交流を描いたファンタジー映画。PG12指定。

シザーハンズ - Wikipedia

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2003年3月祐天寺五本木に引っ越し

新設された駅舎内STARBUCKSにお世話になる事が増える 

 祐天寺駅は改装されてから、それほど経っていない事から、新しい。

 現在、実家があるところに引っ越してきたのは、2003年3月。当時、駅周辺は今ほど栄えておらず、実家周辺も同様の事。新しくなった駅舎に店舗を構えるSTARBUCKSにお世話になる事が増えた。 

 時の流れが感じられる。13年経つが、祐天寺に越したころ、駅舎内にあった、喫茶店というのも趣はあったし、祐天寺駅周辺に書店が点在していたと記憶するが、1店舗。古本屋というのも減った。世の流れ。

 自分もAmazonに頻繁にお世話になるようになっている。

 STARBUCKSで考えごと....

 

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自分のようなマイノリティを拒絶?“昔ながらの趣ある”や“古き良き”

 以前よりも、サッカーのことが気になるようになった。普遍的なルールに則っているグローバルな競技スポーツがサッカー。反面、世界的なものではないが、ローカルで生き残りをかける、プロ野球。

 どちらがどうという事はない。

 “STARBUCKS”と昔ながらの趣のある喫茶店。こちらもどちらが正しいということも無いが、どうも現状の自分には、グローバル展開されている、“STARBUCKS”、があっているような気がする。

 自分のようなマイノリティを、“昔ながらの趣のある”や“古き良き”が受け入れてくれないような感じがするし、よその国の文化に触れるたび思う。

 とくに最近、よそのものほど強く、優しくあったと思うようになった。自衛隊中央病院の男性医師から受けた印象にも似ているが、強いものほど、そうあれるのだろうかと感じた。

 

グローバル企業や“世界的なスポーツ”サッカーは似ているか

 多種多様な人々に触れるという観点なら、グローバル企業やいわゆる“世界的なスポーツ”サッカーは同じようなものと捉えている。

 サッカー選手は、日本代表や国々のクラブチームに所属している事から、多種多様な人々や文化というものに自然と触れるられるし、その理解も深まるはず。反面、日本代表しての立振る舞いも問われることから、なお一層、“国”というもの意識せざる負えなない。

 また、世界共通のルールというものに則って進めて行かなけなければならない事から、共通認識というものを高める必要もあるし、共有していくものも、その都度あるのだろうか。

 情報共有するためのコミュニケーションも必要なのだし、怠る事も良くない事か。

ローカルは難しい。理解されるまで繰り返し行う必要があるのだろう

 ローカルは保守的というのも理解できる。

 グローバル展開しているものに太刀打ちは出来ないが、国々の守るべき何かというものがあるはず。伝統や文化かも知れないが、必ずある。

 ローカルの“守るべき何か”というものを出来る限り、グローバル側に説明していく必要があるのではないか。

 理解されるまで繰り返し行う必要があるのではないかと、考えている。

 

世界のサッカー名将のイラスト戦術ガイド

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年齢的にも、健康面に配慮しなくては....

“アップルクランブルパイ”を注文!甘いものがやめられない

 幼いころは、甘いものをあまり好まなかった。

 母が文房具店を営んでいました。また、文房具だけでなく、駄菓子も売っていましたが、好んで甘いのものを積極的に食べる感じでもありませんでした。

 ただ、年を追うごとに、甘いのを好むようになって行きました。また、飲み物も同様に甘いものばかり。年齢的に、健康面に配慮しなければならなくなってきた事からも、飲み物に配慮してみました。

 『アップルクランブルパイ』を注文したので、『スターバックスラテGサイズ』に変えてみました!

 受け取ると、“リンゴ” うれしくなり、思わず写真に収めました(*‘ω‘ *)

 

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体の不調も見られているので、休みを取れたらうれしいです

 本音を言ってしまうと、正直言って疲れました。

 ここ数年休みなしで動き回っていたためかしんどいです。昨年も、夏の甲子園決勝の半日休んだだけで、年中無休。年齢的にも無理が効かなくなってきており、体の不調も様々なところに見られている事からも、休みを取れたらうれしく想います。 

 

 朝から落ち着きがない。フラッシュバックが理由になっている。どういったものとは説明することは難しいが、記憶の失われてしまった部分に、“良くないもの”がむずびつき、繰り返し見えてしまう。

 そういう事になるのか。分からないところでもあるが、とくに朝方は、落ち着かないことが多く、イライラしやすい。なので、散歩などをして、できる限りリラックス出来るように工夫している。

 ただ、やはり、それでも難しい。自分ひとりだけでなく、関わり合うことも必要になっていることから、協力を得られないと難しいかもしれません。

 ぼやいてばかりでも仕方ないので、今日も散策して来ました。

 

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十日森稲荷神社 

十日森稲荷神社は、目黒区中央町にある稲荷神社です。十日森稲荷神社は、島崎佐五衛門の邸内にあった屋敷神として創建、のち当地に遷座し、旧上目黒村五本木組の鎮守となっていました。

十日森稲荷神社|目黒区中央町の神社

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To the sea 

 東急東横線高架下を利用した店舗になります。以前は、古着屋さんが入っており、何度かお世話になった事もあります。場所は、五本木交差点から、駒沢通りを山手通りに方面に向かうと高架下がすぐのところに有りますので、興味がある方はぜひぜひ。

甘いもの、こもっては食べ。 まるで「DEATH NOTE」“L”のように

道を挟む形で郵便局 “進撃の巨人展FINAL”ポスターが気になる

 目黒区五本木にお世話になること、16年になります。自宅から歩いて直ぐのところに、東急バスの停留所、五本木一丁目があり、乗車することで、目黒に行くことも出来れば、三軒茶屋に向かうことも出来ます。

 以前は、郵便局の近くに、地元のスーパーがあったのですが、世の流れでしょうか、“まいばすけっと”が来るのと同じくして撤退してしまいました。

 小さい頃は、甘いものを好んではなく、甘い飲み物も好んで口にするタイプでもなかった。なぜだか、大人になるにつれ、甘いものが好きになるのだから分からない。

 まいばすけっとでいつもの様に駄菓子や清涼飲料水を複数買い求めた。自宅まで、距離はないが、考えごとをすこしだけすることが出来た。

 これからの事。少しづつ話せて行けたら良いと思います。

 

五本木郵便局掲示板に貼られていたポスター(*‘ω‘ *)

進撃の巨人展FINAL   

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DEATH NOTE デスノート

DEATH NOTE デスノート

設定変更がなされた。初音ミクからニア・テッペリン

 ある事が理由となって記憶喪失になってしまいました。

 2006年8月末から、さかのぼること、2004年後半くらいまで記憶が無いのです。なくなってしまった理由はひとまず置いておくとして、失われてしまったものは仕方ない。取り戻すことは一生できない。

 いつまでも悩んでいても仕方ないので、設定を変更しようかと思います。2006年9月に、送り込まれた。地球上に送り込まれた、生きもの(?)

 ベースになるものは、ニア・テッペリン。

 『天元突破グレンラガン』

 詳しくは、どうにかして見てくれ。

記憶が失われたことにより、歴史の連続性も途切れてしまう....

 2年弱の記憶が失われたことにより、歴史の連続性も途切れてしまう。繰り返していく日々というのも、一瞬で失われてしまう。生活も何もあったものでもない。

 “人間ではない”と考える必要が出てきてしまう。“人間ではない”という点、心はあるというギャップに悩み、考え込んでしまっている。

 設定の部分もあるし、本音でもある。重なる点も多い事から、ニア・テッペリン。

 過去は捨てました。2006年以前を捨てる。

 あくまでも設定ですが(*‘ω‘ *)

 

失われた記憶の部分に、良くないものが変に結びついているのでは

 2年弱の記憶が失われている。

 2006年9月以降の、回復の過程で“良くないもの”が断片化されている記憶に変なふうに結びつき、悪さをしているのではないかと考えている。

 実際のところは分からないが、イメージし言葉で表現するなら、この様になる。

 悪さをしてしまうのも仕方がないこと。どうしても、フレッシュバックとして現れてしまうの仕方がない。現れるものは現れる。なので、できるだけ、前向きに考えられる方法を探る必要があった。

 そのひとつのあり方として、ニア・テッペリン。

 再度変更の可能性も排除はしない(*‘ω‘ *)

 

現状45歳になるが、30~32歳の記憶が失われてしまった...

 初音ミクから、ニア・テッペリンに移行するのは結構なこと。初音ミクは無理があるし、現実的な判断とも想えない。記憶を失われて以降の状況を鑑みると、どうも、ニア・テッペリンの方が適しているのではないか。

 2007年からとり戻すという観点からも、ニア・テッペリンに軍配が上がる。記憶を失われてしまったがために、歴史の連続性も途絶え、日本史で何かをかんがえるというのも無理がある。

 現状45歳になるが、30~32歳の記憶が失われてしまったという事になるから、ありえない話でもあるし、納得も行かない。そんな事ばかり言っていても仕方ないことでもあるから、やはり、ニア・テッペリン。

 2007年に、アンチ・スパイラルより送り込まれた、ロージェノムの娘。メッセンジャー。

 設定上、現状12歳という事になる。ニア・テッペリン。

中野ブロードウェイ、たびたびお世話になりました

 時期的は、2007、2008年という事になりますか。その時期は、たびたび訪れたように記憶していますし、両親の若い頃同棲していた、高円寺が近くにある事もあって、印象深い場所になっております。

 機会がありましたら、お邪魔したいとも思います(*‘ω‘ *)v

 

 本音を言ってしまうと、日本も東京も嫌いになってしまった。

 ただ、やはりそればかり言っても相手にもされない。なので、好むものは、日本より外になってしまうのは仕方ないが、身近なものや地域、お世話になった人の心を尊重することで誤解を減らしていく事が出来るのではないかと、そのように考えているし、その方が理解も協力も得られやすいのではないか、そう考えています。

たびたび思いだされた母の言葉“なぜ?人を疑うがってしまうのか”

 今回の一件で、たびたび思いだされた言葉というものがあった。母の言葉。

 “なぜ?人を疑うがってしまうのか”

 自分に良くない心を持っているから、相手にも同様にあると思ってしまう。

 相手を疑うという事は、自分が悪い心を持っているから相手に見てしまうだけで、そうでは無いのかもしれない。

 疑うという事は、自分が悪い心を持っているのと同じだし、おそらく、過去に悪い事をしてしまったから、相手を信じることが出来なくなったという事になってしまう。

 そんなこと想いだされた。

 

「死ぬんじゃねーぞ!!」 いじめられている君はゼッタイ悪くない (文春e-book)

「死ぬんじゃねーぞ!!」 いじめられている君はゼッタイ悪くない (文春e-book)

意識的に“日本”にとらわれない様にする

記憶が失われてしまったがため、歴史にこだわると息苦しく...

 記憶が失われてしまったのは仕方ない。二度ともどってこないのだから、プラスに考えられた方が健全。

 たとえば、プラスに考えるには、どのようにすればよいか。

 記憶が2年弱失われてしまった。歴史が途絶えた事でもあるから、日本史で考えるの控える。ひとつのあり方。

 日本史を控えるの同時に“日本”という考えにとらわれないようにする。

“日本”を捨てるのは良いが誤解も。なので、身近なものを大事に

 意識的に、“国”というものにとらわれない様にしつつ、家族や親せきを大事にし、お世話になった人、地域にも配慮することで、わざわざ、国や日本など言う必要もなくなるし、誤解も減らせるはず。

 本音を言ってしまえば、日本など嫌いなのだから、国や日本などと口にするのも無理がある。ただ、こればかり言って、よそのばかり好むと不審がられる。なので、現実では地元や地域、身近なものを尊重する。

 ただ、好むものは、より外。誤解も減らぜるはず。

“属したら負けかなと想っている” タケさんドクトリン

 属していい事は一つもないと考えており、属さないことが、自分にとってプラスになっていたと考えている。いまさら、どこかに属したところで、良いことは一つもないことも分かる。

 今まで、どこかに属したことでめんどくさいことに巻き込まれてしまっていたのだとすると、そういった過去の経験からも、“属すのは”まずありえない。たしかに、条件によっては、変化もありそうな気もするが、おそらくない。

 “属さない”

 

ドクトリン (doctrine) とは、政治、外交、軍事などにおける基本原則をいう。元々の意味は「教理」、「教え」。原義は「前提とするもの」。軍事では、戦闘教義(略して単に「教義」)ともいう。

ドクトリン - Wikipedia

頭痛がひどいことから、自衛隊中央病院へ

レントゲン撮影をするも、異物が映っている....

 元々、頭痛持ちはあったのだろうと思うが、ここ数年ひどくなってきた。あまりにもしんどいので、先日、自衛隊中央病院で受診しました。

 レントゲン撮影もしてもらい、説明も丁寧にして頂けました。ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

 レントゲン撮影画像を確認しながら、説明を受けていたところ、自分の頭部断面におかしみを感じてしまった。それを察してか、「スマホか何かで撮影しても構いません」男性医官が、そう促してくれた。

 早速、何枚か撮影することにした。そのうちの一枚がこちら。

正しく、公開脳内(*‘ω‘ *)    

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 謎の物体が脳内に。埴輪か角か、興味が尽きない...

 手短に説明すると、画像、上に向かって前頭部。頭部断面に白く見えるが、何の物体なのかは分からない。明瞭な説明はなかったが

 「次回どこかで撮影したならば、この画像をもって、撮らしてくれ言うと良い。」

 そんなことを言ってた。

 実は、品川にある、某病院でも前回撮影した際にも、白い謎の物体が映っていた事から、頭の中にあるらしいことは確実のようだ。

 あとは、今後どのような成長を遂げていくのかが焦点になるのではないか。個人的にはそう見ていおり、本当に角になってしまうのか。それとも、埴輪(※1.下記画像で確認)でとどまるのか。興味が尽きないところでもある。

 現状は、埴輪で収まっているも、このまま成長を続け、オデコが出っ張り出したら、いよいよ考えもの。角。そうではなく、この状態で収まるのなら、埴輪。

 興味が尽きないが、頭痛の種でもあるw

1.※

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東京国立博物館 - コレクション 名品ギャラリー 館蔵品一覧 埴輪 踊る人々(はにわ おどるひとびと) 

他の画像を確認してみたところ、すでに埴輪で収まっていなかった

 興味も尽きないし、気にもなるので他の画像を確認してみたところ、どうも、すでに埴輪で収まっていなかった。

 これは、はっさく(※2.下記画像で確認)ではないのか。そのようにも思えてきた。やはり、興味が尽きない。頭痛の種でもある。

頭痛の種でもある、新たなる画像   

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※2.こちらはっさく画像。

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ハッサク(八朔、学名:Citrus hassaku)は日本原産のミカン科で柑橘類のひとつ。果実は食べられる。

果皮だけでなく、袋(じょうのう膜)も厚いため、通常は袋も剥いて食す。独特の苦みと酸味があるものの、鮮度の良い物は水分も多い。日本国内でのハッサク栽培は、江戸時代末期に尾道市因島田熊町(旧因島市)の浄土寺で原木が発見されたのを機に始まったとされる。現在因島では約二千戸の農家がハッサクを育てている。

ハッサク - Wikipedia

自衛隊中央病院医師も答えづらそうな謎の物体、Ai画像診断が気になる

 頭部断面画像で確認された、白い謎の物体。埴輪やハッサク、もしくは裸婦像で終わらせるのも、もったいないような気もする。

 Ai画像診断というのも良さそう。

 白い謎の物体は、果たして何なのか。頭痛の種にもなっている事から、どうにしてほしい。謎の物体が理由となって落ち着きがなくなぅっているとも考えられることから、埴輪、ハッサク、もしくは裸婦像ななのか分からないが、何なのかは知りたい。

 願望。

 

僕たちはもう働かなくていい (小学館新書)

僕たちはもう働かなくていい (小学館新書)

最寄り駅の祐天寺・学芸大学はどちらも7分くらい

読売新聞販売店が東横線高架下付近ある“号外ラグビー代表決定”

 祐天寺駅から歩いて7分くらいのところに実家があります。

 最寄り駅は祐天寺駅という事になっておりますが、学芸大学駅も歩いて7分前後と、どちらにも出やすい場所といえるでしょうか。学芸大学方面に向かう際、五本木交差点を渡る必要がありますが、駒沢通りと交わるポイントとも言えそうです。

 ひとまず、交差点を渡り道なりに行くと、高架が見えてきますが、東急東横線の高架になります。

 読売新聞販売店が高架下付近にあり、早朝散策をする機会を持つのですが、配達員のバイクが出入りしていたりと忙しそうにしているところに出くわしたりもします。

 新聞配達をしながら大学に通っていた友人を何人か知るので、気にしてみているのです。その販売店の軒先で、号外が配布されていた。

 “ラグビー代表決定”

 目にとまり、手にとる事にしました。

こちらがその号外“ラグビー代表決定”   

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“号外”で思い出されるのは、“日本航空123便墜落事故”

 “号外”で思い出されるのは、渋谷駅南口でのこと。

 “日本航空123便墜落事故”

 前日、家族でテレビを見ているとニュース速報のテロップが流れた。どうも、飛行機が墜落したらしい。当時、子どもでもあったことから、簡単に人が死んでしまう事にショックを受けてしまった。

 小2のころ、父の実家である北海道根室市に向かう際、羽田空港から飛行機を利用して、ひとりで向かったことからも、言うほど“怖い”という印象は持っていなかった。

 ただ、ニュース速報やテロップからも分かるように、次から次へと人が亡くなることが確認されていく。とにかく、その状況が怖く感じられた。

 翌日、栃木の大田原市に向かう予定でもあった。家で、怖いニュースを目にするより、外へ行き、気分転換もはかれたら良かった。幸い。

 渋谷駅南口から、山手線改札に向かおうとした際、号外が配られており、生存者がいた事が確認できた。子どもながら、印象深いニュースであった。

 

日本航空123便墜落事故(にほんこうくう123びんついらくじこ)は、1985年(昭和60年)8月12日午後6時56分28秒、東京・羽田空港発、大阪・伊丹空港行の同社定期便だった、JAL123便(ボーイング747SR-46、機体記号:JA8119、製造番号:20783)が、ボーイング社の不適切な修理が原因とされる後部圧力隔壁が飛行中に破損、垂直尾翼と補助動力装置が脱落し、油圧操縦システムも全喪失した。

結果、完全に操縦不能に陥り、迷走飛行の末、最終的に群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称:御巣鷹の尾根)へ墜落した。

日本航空123便墜落事故 - Wikipedia

大きく強いものほど、度量や寛容さを待ち合わせてなければならない

 どうも、落ち着かない日々が続いている。散歩をすることにした。“体内時間”を25から24にするため。

 最近、頻度が増えた、学芸大学“STARBUCKS COFFEE”にお世話になりました。店内を見渡すと、想い想いに過ごしている。色んなやつがいる。もちろん、自分もその一人。

 ヘンなやつのひとりに違いない。

 “東京は疲れた”とは言うものの、“ヘンなやつ”を受け入れる度量を地方が持ち合わせているのかと考えることもある。おそらく無いのだろう。たとえば、ローカルの喫茶店と、グローバル企業を比較したらどうか。今回なら、“STARBUCKS COFFEE”

 “ヘンなやつ”を受け入れる度量を持ち合わせているのは、ローカルよりグローバルなのだろう。地方よりも東京。

 ローカルをローカルは受け入れない。大きく強いものほど、度量や寛容さを持ち合わせている。そのように考えている。

 昨年あたりから、テーマになっており、自衛隊中央病院で受診した際にも同様の事を考えていたが、“強く優秀なものほど”、やさしさを発揮しやすいのではないか。

 余裕があるから。誰よりも優れていると知っているから、意地の悪い事をする必要もない。いちいち、マウントをとる必要もない。誰よりも優れていると知っているから。

 “自衛官でありながら、医者だと”

 “女性医官”

 最近気になる(*‘ω‘ *)

 

ひとつひとつを良いものに変えることで体調もそうなら表現も同様に

 ボンヤリ、過ごした。

 身のまわりの人が大事だし、お世話になったモノコトもそう。

 親戚もそうなら、友人知人もそう。遠くの方を見すぎていたようにも感じられ、それが理由となって、誤解されていたようにも想う。

 地元や地域というものを見つめ直しつつ、体調も良くない事から発せられる表現で迷惑もかけれらないと考えている。

 先日、自衛隊中央病院にお世話になった際、女性医官とのやり取りの中で、考えたことがあった。

 調子も良くないから、頻繁に診察を受けるものの、不調の原因が見つからない。

 現状、手足先のしびれに悩まされているが、決定的なものが分からない。“原因はコレ”とまで言い切れないなだとか。

 “ビタミン剤などを処方することも出来るが、一時的なものだけど、どうしますか?”

 その様にも聞かれたが、断った。

 医師との話の中でも、一時的な対処としての何かでは改善は見られないなと、想えていた事から、断わり、食生活など、日々の暮らしの改善をする中で、体調や心持ちというのにも変化がみられ、状態が上向いてくるのではないかと話し、診察室を後にした。

 日々の生活を、ひとつひとつを良いものに変えることで体調が改善される。結果として、表現されるものも良いものに変わっていくと信じて過ごしていくしかないのだろう。

 

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映画『シービスケット』雑感 

“流れ作業”により生まれたものが文化になるのは難しい

 後遺症により右目が見えないジョッキー。

 仔馬の頃、左ムチを打たれことがトラウマとなった競走馬。互いに痛みを抱えながらも補い合い前を向いた。 

 大量生産、大量消費時代に突入しており、冒頭にも説明があったが、車は、当時“黒一色”

 “真の発明は流れ作業”

 合理的、効率重視にすることで、コストをおさえ大量生産できる。それは、流れ作業のなかに人まで組み込まれる事でもある。

 これらは“右目が見えないジョッキー”“トラウマを抱えた競走馬”とは、対極にあるように感じられる。

“不完全なものに何かを見出そうとした”といったお話

 誰もが“車”を手にするようになり、“馬”を軽んじるような描写が序盤に展開されていく。

 大恐慌が訪れ、家も何もかも失った時に、人々が、“不完全なものに何かを見出そうとした”といったお話に思えた。

 不完全なコンビではあったが、徐々に結果が伴うようにつれ、人々の気持ちもそちらに向かうようになる。

 終盤、“最強馬”ウォーアドミラルとのマッチレース直前、大けがを負い、騎乗を譲らなければならなくなるが....

“馬”に戻す。寄せ付けない状態を、本来あるべき姿に戻す

 競走馬は記憶力が異常に良く、幼いころにうけた“良くないこと”が、イメージとして残り続けてしまうと、スポーツ雑誌『Number』にあった乗馬の記事で目にした。

 『シービスケット』本編にも、似たような描写が随所にあった。些細な物音で驚いたり、“利口な馬ほど孤独を嫌う”といった表現も。

 序盤、シービスケットの荒れっぷりは酷い。人を寄せ付けない。トラウマが理由になっていた。

 “馬”に戻す。

 驚いたり、おっかなびっくりになったり、荒れて寄せ付けない状態を、本来ある形に戻す。本来あるべき姿に戻す。

 馬に戻すことで、競走馬になるための第一歩をようやく踏み出せる。

 少しずつ、結果も伴い、レースの格も上がるにつれて、注目度も高まる。“最強馬”ウォーアドミラル戦、直前の大きなレースで、勝利をほぼ手中に収めていた状況で、ゴール板直前、外から来た馬に交わされてしまう。

 レース後、調教師に、騎乗についての指摘がなされるも、“右目が見えない”と打ち明ける様になる....

 

『シービスケット』(Seabiscuit )は、2003年公開のアメリカ映画。

大恐慌時代のアメリカに実在した競走馬シービスケットと、それを取り巻く3人の男たちの姿を描いたローラ・ヒレンブランドの同名の小説を原作としている。最後のレースシーンは当時の映像を参考にレース運びから着順にいたるまで極めて忠実に再現された。ゲイリー・ロスが監督と製作、さらに脚本を兼任した。また、主演のトビー・マグワイアは製作総指揮も担当した。第76回アカデミー賞では、作品賞を初め7部門にノミネートされた。報知映画賞海外作品賞を受賞。日本アカデミー賞優秀外国作品賞も受賞(最優秀賞ノミネートにあたる)。

シービスケット (映画) - Wikipedia

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映画『東京ゴッドファーザーズ』雑感

“終盤に印象的でキレイな描写”幼なじみの友人が薦めてくれた作品

 突風に舞った、赤ん坊を抱いたハナを、初日の出が照らす。印象的で、キレイな描写。

 幼なじみの友人が薦めてくれた、作品。その友人は亡くなってしまい、話すことも叶わなくなってしまった。昔から、映画が好きだったようで、父親が映像の仕事に携わっていたことも影響してか、志していた時期もあったようだ。

 目に問題を抱えいていた。色盲。断念したのだろうか、新聞配達の仕事をしながら大学に通った。

美術の授業で共にしたこともあるが、“色づかい”が違う

 高校時代の友人にも色盲の子がおり、美術の授業で共にしたこともあるが、“色づかい”が違う。どういう見え方をしていたのだろう。

 仲よくしていたことから、放課後遊んだりもした。

 “どう見えていたのだろう”

 気づかないで過ごしてしまった。想いや願いがつづられていた。小さくも力強い文字でつづられていた。

 “何を見ていたのだろう”

 そう想うことが多く、悲しい気持ちになる。

 

色覚異常(しきかくいじょう)とは、ヒトの色覚が正常色覚ではない事を示す診断名である。「色盲」などとも呼ばれる。2017年9月から日本遺伝学会により「色覚多様性」という呼称が提唱されている。

正常色覚とされる範囲は、眼科学によって定義される。要因が先天性である場合を先天性色覚異常、後天性である場合を後天性色覚異常と分類する。先天性色覚異常を持つ人は、日本においては男性で約5%、女性で約0.2%の割合であるが、フランスや北欧では男性で約10%、女性で約0.5%であり、アフリカ系の人では2-4%程度である。

色覚異常 - Wikipedia

東京ゴッドファーザーズ [Blu-ray]

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地元、綱島に訪れた際の話

特別支援学級校舎を兼ねた屋上プール。夏は水泳の練習もした

 自分も目に難を抱えているだけに、こういった話題に神経質なところがある。先日、地元である綱島に訪れた際、当時家族で暮らしていた場所に向かった。駅から、7分くらいの場所に、文房具店を兼ねていた自宅があった。

 上京してから、その文房具店は、新聞販売店に変わったと話で聞いていた。現地に訪れてみると、新聞販売店が入ったと言われていた建物も、一般的な家屋に建て替えられていた。

 道を挟んで、正面が小学校になっており、屋上がプールになっている建物が見える。夏などには、子供らの声が聞こえてきたのも、なつかしい。

 その建物。取り壊されている。1,2階部分が特別支援学級のようになっていたが、事情が変わったのだろうか。

普通学級で共に授業を受けた、目に問題を抱えている友人のお話

 同級生の中に、目に問題を抱えている子がおり、授業中になにかを読むにしても、名称が分からないので、説明すると、短い筒のようなもののなかにレンズが入っており、のぞき込むと大きく見える仕組みになっている。

 実際、どういうものなのか見せてもらうことが出来たので、仕組みが分かったが、同時に、これは不便だな、想えた。

 音楽を聴く事が好き。

 “THE ALFEE”が好き。そんなことを言っていた。

 

 最近、見たくないものが増え、メガネを外したり、夜に出かけることにして、工夫することを心掛けている。友人がどういう想いで、音楽を聴いていたかも分からないし、どういうふうに、見えていたかも分からない。

 自分が想うのと同じよう、“これは不便”とは想っていないはず。

 見ない事で気づけることあるのかなとも考えられるようになった。身近な、ささいなことをしっかり見つめ直したいと、そのように想える....

郷土。故郷。心や体はなにか。真っ先に挙がるのは、横浜。神奈川。

東急。通信もイッツコムにすることが良いのではないか

 最近、振り返る事が増えた。折り返し地点も過ぎ、自分のルーツみたいなものを考えるようにもなった。どういったもので育まれたのか。郷土。故郷。心や体はなにか。

 真っ先に挙がるのは、横浜。神奈川。

 東急はお世話になっております。移動では、とくに欠かせないものなので、自分の足であり体のようなもの。東横線祐天寺にお世話になってことから、通信もイッツコムにすることが良いのではないかと考えています。

 検討し、結果が分かり次第、報告したいと思います。

 

米カジノ大手サンズ、大阪撤退=誘致表明の横浜に照準“個人的には前向き”

 【ロンドン時事】米カジノ運営大手ラスベガス・サンズは22日、日本でのカジノを含む統合型リゾート(IR)に関して、大阪市での開発の機会を今後追求しないと発表した。横浜市がカジノ誘致を表明したことを受け、首都圏に照準を合わせる。

 サンズは米カジノメジャーの一角で、日本のIRでも運営業者として有力視されている。自治体がカジノ誘致に動きだす中、運営業者の動きも活発化してきた。

米カジノ大手サンズ、大阪撤退=誘致表明の横浜に照準:時事ドットコム

 

 横浜市がカジノ誘致で対立も、林文子市長は前向きとのこと。

 個人的には前向きにとらえており、地元が盛り上がる事は嬉しいです。どうしても、ギャンブル依存症が問題視されるような気もしますが、悲観的な言っていても仕方ない気もする。

 2020年東京五輪も控えており、横浜スタジアムが野球、ソフトボールの主会場になっている。大会が終わった後も、“カジノを含む統合型リゾート施設”がつくられる事が予定されているのであれば、気持ちも前向きになるし嬉しい。

 やはり、そうは言っても、“依存症”が問題にされるだろうから、自らもギャンブルや飲酒量も減らす努力も必要に想います。

 

東急電鉄 まるまる一冊 (JTBの交通ムック)

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