#2“kizuna7”さんはROCKが好き!

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プロフィール |“ニア・シスト” “ロスチャイルド” 家訓 “調和、誠実、勤勉”を追い求めてこそ

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プロフィール

生年月日 

1974年(S49寅)6月6日生まれ。O型

好きなこと 

読書、映画鑑賞、カラオケ、スポーツ観戦(野球・サッカー)

いまは家にいるのが好き。夜が好き。いまは飼っていないがネコが好き。いまはしないが料理も好き。

好きな電車 

東急。西武。

特にお世話になったのが東急。親戚の関係から西武にも愛着がある。

長所 

一人で割と平気。

短所 

メンヘラ。以前はそんなことはなかったのですが、部屋が片付けらなくなり、落ち着きもない。多動が気になる。聴覚過敏。光過敏にも困っています。睡眠障害。

友人ゼロ。

こちらが免許書になります(*‘ω‘ *)   

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失われたもの仕方ない、取り返せない....

ただ、不平不満ばかり言っていても理解はされないから“実践”

 幼少期からにわたるロスっぷりがどうにもならない。

 45年にわたるロス。悲しすぎる。とはいえ、そればかり言っていても仕方がないし、理解を得られることもない。たとえば、“ロスチャイルド”陣営に陣取るのだとして、“何が必要なのか”とウイキペディアを参照しながら考えてみた。

“ロスチャイルド”陣営なら“調和、誠実、勤勉”を追い求めてこそ

 家訓であるConcordia, Integritas, Industria(調和、誠実、勤勉)を日々追い求めてこそなのではないか、とそのような想いにあります。

 日々実践する中で、周りのものの理解や協力も得られるはずだし、繰り返し行うことで良いものになれているはず。良い心になれているはず。そういった中から表現されていくものにこそ価値あるものになっているのではないかと想う。

幼少の頃から上げ下げ、マウントに苦しめられた...

 そんなことを想いつつ、地元TSUTAYAでレンタルしてきた映画『アメリ』を鑑賞することにした。

 何度目かの鑑賞になるが、どうも、こういった不完全な人々に何かを見てしまう。自分もこじらせてしまっていることが影響してか、登場人物のおかしさに何かを見てしまう。心を見てしまう。

 幼少の頃からロスしまくったものを補えるものはサブカルチャーのように想えますし、上げ下げにも苦しめられたことからもそのようです。また、高齢化社会もむかえている事からも、多様な心を認める社会というものも、最低限必要に想えます。

 

『アメリ』(原題: Le Fabuleux Destin d'Amélie Poulain, 「アメリ・プーランの素晴らしい運命」の意)は、2001年4月に公開されたフランス映画。

パリ・モンマルトルを舞台に、パリジャンの日常を描き、フランスで国民的大ヒットを記録した。キャッチコピーは「幸せになる」。

ストーリーや映像、美術に愛らしさがあふれる一方、ジャン=ピエール・ジュネ監督らしいブラック・ユーモアや奇妙な人間像、コミュニケーション不全の問題も描かれている。

アメリ - Wikipedia

アメリ(字幕版)

アメリ(字幕版)

“結婚不要社会”の考えは共依存排除 “国体維持のため”

 “結婚不要社会”の考えは、独立性を保つため必要になるが、それは“国体維持のため”

 “日本のしなやかな伝統文化のため”

 依存のような硬直化した関係性の中では、自由度もなく、心や文化を育むことが難しくなる。“結婚”をする事により、同時に親戚も増えるが、そういったものの影響下に入りやすく、心や文化にも繋がりずらい。経験則から、そのような答えが導き出される。

“ABCDJ包囲網” “パパ殺しが必要不可欠“なのも国体のため”

 “愛国心とは” “なにを保守”...

 “国体というものを、より良い状態で維持、ないしより良いものに変化させることも保守に違いない。

 伝統文化というものを守り続けるのも重要なことにも想うが、まわりとの関係性の中で、合わなくなり、不具合が出てくることもある。

 なので、まわりにも配慮しつつ、守るべきものを守り、少しづつ変化していく。より良いものに変化させる作業をすることも、愛国心と言えるのではないか”

 国体をより良い状態で保守し、受け継いでいく。その為の努力を重ねることを愛国心というのならそうなるのだろう。

80年の時を経て、装いも新たに“J”の仲間が加わりました

 “ABCD包囲網”は、Wikipediaにもあるように、1930年代後半、日本に対して行った貿易制限の総体に、日本が名付けた名称であるが、80年の時を経て、装いも新たに、“J”の仲間が加わりました。

 アメリカ合衆国(America)、イギリス(Britain)、中華民国(China)、オランダ(Dutch)に、“J”の日本が加わり、パパを包囲する。

 “ABCDJ包囲網”の完成でもある。

 ちなみに、アルファベット順数字の合計は、“20”になる。 

 

ABCD包囲網(ABCDほういもう、英語: ABCD encirclement)とは、1930年代後半(昭和10年頃)に、日本に対して行った貿易制限の総体に、日本が名付けた名称である。

「ABCD」とは、貿易制限を行っていたアメリカ合衆国(America)、イギリス(Britain)、中華民国(China)、オランダ(Dutch)と、各国の頭文字を並べたものである。ABCD包囲陣[1]、ABCD経済包囲陣、ABCDラインとも呼ばれる。この呼称は日本の新聞が用いたものとされる[2]が、初出については良く分かっていない[3]。

ABCD包囲網 - Wikipedia

結婚不要社会 (朝日新書)

結婚不要社会 (朝日新書)

1974年東京都生まれ

四歳まで埼玉県新座市におり、二十歳に上京するまで神奈川県横浜市で暮らしていました。実家は文房具店を兼ねており、駄菓子も売っていました。

1995年3月上京。最寄り駅は学芸大学駅。目黒区下目黒に越してきました。自宅マンションから、最寄り駅でもある学芸大学駅までは歩いて15分。少し時間がかかります。清水バス停で、バスに乗ることで渋谷駅に行ける。そういったところで家族三人暮らしていました。

2003年3月目黒区五本木引っ越し。最寄り駅は祐天寺。駒沢通り方面へ歩いて行くと学芸大学駅にも7分程度と、祐天寺駅とそれほど変わらないところに位置しています。

2007年5月品川区西中延に引っ越し。現在は、実家にお世話になっております。

 

メンヘラまでの道のり 東京編

1995年上京。落ち着きがなくなる。付きまとい行為では?思い始め、より調子をくずす。煽り運転らしきものにあったりと良いことがあまりない。気分転換をはかるため、東北地方に旅行に行くも、どうも良くない。逃げるよう、日吉で一人暮らしをはじめる。駅からすぐのところに有るコンビニでバイトをしながら、しながら過ごしていたものの、調子はサイアク。1990年代一番悪い時期ではないかと思われる。ただ、バイト先の人は良い人が多く、遊びにも連れ出してくれた。

情けない話ではあるが、長くは続かなかった。申し訳なく想っています。夜間がメインでシフトに入っていましたが、副作用か“眼が上を向いてしまう”症状に悩まされ、集中は出来ない。これも、副作用なのか眩しいことも気になっていた。そんな最中、事件が。

駐輪場にとめていた、自転車が消えた。とめていた付近に目をやると、鋭利なもので切られたワイヤーロックが落ちいていた。“自分のものだ”

普段ならAM6時までだったが、そういう日に限ってAM3時にバイトの時間が終わる。帰宅しようとした矢先に、自転車がない。情けない気持ちで自宅マンションに帰った。

1998年以降、あまり外に出ることは無くなった。家の手伝いはしたものの、自ら積極的に外に行くことはなかった。

2003年3月目黒区五本木に引っ越した。最寄り駅は祐天寺。2006年8月末ある事が理由で、入院するまでの期間、祐天寺にお世話になった。

自殺未遂をする事になるが、記憶がない。入院先でのことで記憶が失われてしまったが、退院後母との会話により、どういう事か明らかになった。

記憶が失われている期間というのは、2006年8月末以前の2年弱。全く思いだすことが出来ない。2年弱の期間の話というのは、母が退院後に話してくれた内容から自分なりにイメージし、表現したもの。なので、どこまで忠実に再現出来ているかは分からないが、今後とも話していきたいと思います。

2006年夏入院のお話

2006年10月精神科退院

退院後、食事中母に尋ねた。

かかとも痛いし、想いだせないことが不安で聞いてみた。

すると、母はこのように答えた。


飛び降りてしまった。となりの家(剣道具屋)の屋根をバタバタと走り回った。まるでルパンの様に。

通報される。当たり前、屋根の上の方がバタバタと音がしているのだから通報されて当たり前。

パトカー、救急車、消防車すべてが勢ぞろいしたのだとか。

僕はすべてまいて、辺りが静けさをとり戻したのを見計らい、家に戻ってきたのだそう。

ひとこと、「ね!」と謎の言葉を残し3階の自分の部屋に戻ったのだとか。そのあと急変。リストカット。

おそらく、“アピールプレー”

父に見抜かれたか、“武士なら腹を切れ!”と、無慈悲な宣告。

もちろん、こちらもそのつもりで言っているはずもないから、“いやだ痛いから”と答えてのだそう。
 
そらそう“アピールプレー”

“武士は握り飯しか食わないのでござる”と平素より、 半分本気。半分冗談で言っている自分悪い。

“職場から帰ってきたら、このざまか?”という父の気持ちも分からなくはないし、酔っぱらっていたことも重なり、言葉も過激なっていたのだろう。

気持ちは分かるが、自分としては、ショックだったろうし、引き金になってしまった。薬物を多量に服用

“オーバードース”
品川某大学病院に緊急搬送。胃洗浄。入院は出来ないのだとか。足立区の某精神病に搬送された。


“拘束された状態で、私に懇願していた。”
食事中にこういった事を、自分に言った。母に悪意は無い。が、発達障害が強く出ており、相手にそれを言って、どのように受けとめるかが、分からない。

ショックを受ける。

イメージすると、怖いから、必死になってお願いしたはずだが、いつもの通り伝わらない。おそらくだが、絶望したはず。

電気痙攣療法で記憶が失われていた。失われており記憶が無いことから、不安で退院後に聞いてみた。すると、衝撃に事実。


自殺未遂計2回

懇願したが、取り合ってもらえず1回

退院後に知る1回

4回死んだのと同じ。

“毒親”“アダルトチルドレン”であるが....

たしかに毒親ではある。ただ、それもドラ息子視点からみた毒親。つまり、毒親と毒息子に違いない。どちらが先に毒だったかも分からない事から、現状、毒同士ケンカをしつつ過ごしていくしかない。どこかの段階で、いずれ、毒を出し切れるような気がしないでもない。そんな日が来ることを想いながら、工夫をしながら過ごしていこうとは思います。

 

親がアルコール依存症の家庭で育って成人した人。Adult Children of Alcoholics(ACOA、ACA)の略語で、こちらがもともとの意味である。アメリカでアルコール依存症治療との関わりの中で生まれた言葉である。
親や社会による虐待や家族の不仲、感情抑圧などの見られる機能不全家族で育ち、生きづらさを抱えた人。Adult Children of Dysfunctional family(ACOD)。「機能不全家庭で育ったことにより、成人してもなおトラウマ(外傷体験)を持つ」という考え方、現象、または人のこと。

アダルトチルドレン - Wikipedia

インナーチャイルド
アダルトチルドレンの回復方法では、「インナーチャイルド」(内なる子供)という概念が広く採用されている。心の傷を負う前の、純真無垢な自己の部分といった意味のメタファーで、ニューエイジ・精神世界・スピリチュアル系でよく使われる用語である。アダルトチルドレン論に大きく影響したウィットフィールドは、アダルトチルドレンの困難は「偽りの自己(共依存の自己)」のせいであり、「真の自己」である「インナーチャイルド」を成長させる必要があるとした。「過去をさかのぼり、うろ覚えの、あるいは抑圧された幼児体験の記憶を呼び戻す過程」を通してインナーチャイルドを育てることができるとされ、これにより過去と決別できるという。インナーチャイルドを育てる行為は「インナーチャイルドを癒す」とも表現され、「心の傷を癒す」行為も「インナーチャイルドを癒す」と表現される。

アダルトチルドレンの議論において、子どもは「手をかけられ、養育されることを望み、必要とする無力な幼児」であるとされる。これは近代初期までの子ども観とはまったく異なるものであり、ジャン=ジャック・ルソー以降の「子どもが純粋無垢であるという理解」と親和的である。癒されるべき、そして傷つきやすい「インナーチャイルド」が「真の自己」であるというレトリックでは、子どもの無力さと受動性が強調され、実際には存在する子どもの能動的な面、親や環境との相互作用や遺伝的要素は考慮されていない。

トラウマが理由により“インナーチャイルド”現在12歳

2004年から2006年8月末までの記憶がない。

どうも、失われてしまった部分に、良くないものが結びつき、あたかも、ないことまでがあるかのように記憶が悪いものになってしまったのではないかと、考えており、そういった事が、フラッシュバックとしてあらわれ、心持ちをサイアクなものにさせてしまっている。トラウマ。

良くないものに変化してしまったものもそうなら、失われた記憶も取り返しもつかない。なので、ものの考え方でごまかしごまかし過ごしていくしかない。そういった工夫をしながら日々過ごす中で、少しづつでも良いものに変化していくのではないかと考えています。

具体的に言うと、2007年からやり直してみるのはどうか。過去にさかのぼる事を否定的に捉える人もいるが、個人的にはそのように考えておらず、“良くないもの”が結びついてしまったのが、2007年以降になることから、意識的にやり直す必要もあるし、良くない部分を改善する意識で向き合ったほうが理解を得られやすいのではないかと考えている。

自分にも良くないところもあるから、誤解されてしまったし、そういった部分も直していく必要があるように感じる。ではなく、自分を顧みず、前だけ見て進んでいくのも、怖い気もする。また、まわりの理解にも繋がらないようにも想うことから、賛同を得られることもなければ、いずれ、また、孤立してしまう様に思う。

原点に立ち返り、2007年。身近なものやお世話になった人。親戚や家族。友人知人など身近なものから見つめ直す。そういった日々を繰り返していく中で、かならず、自分の体調も良くなるはずだし、不信や不和も解消できるものと信じています。

“ニア・テッペリン” 誕生日9月14日 12歳になりました‼(*‘ω‘ *)v

一身独立して、一国独立す。仮想生命体“ニア・テッペリン”

“親などいなかった” アンチスパイラルによってつくられた“仮想生命体”

間借りしている状態。親ではなく、同居人。とはいえ、お世話になったのも事実なので、できる限り恩返しできればと思い、身を寄せている状態にある。

螺旋王の娘、“ニア・テッペリン”

一身独立して、一国独立す。自分ひとりが家であり国。そう思わなければ、自分ひとりも守れない。

なぜ、2007年からやり直す必要があるのか

記憶を2年弱喪失したことで起こる“フラッシュバック”

理由として、たびたび挙げている、記憶を2年弱喪失したこと、また、調子も著しく落としてしまった。回復も手間取り、ようやく追いついてきたものの、失われた記憶の部分に、良くない情報が結びついていたか、現状、それらが悪さをしている状況が続いている。寝起きが特にひどい。フラッシュバック。朝方、ドタバタしているのは、大概これが原因。

なので、一からやり直す必要があると考えている。2006年夏の一件の翌年。2007年。あれから12年。“ニア・テッペリン12歳”

2007年から12歳でやり直すという発想が生まれた...

18歳で選挙権を得ることが出来るが、現在12歳。6年後には、選挙権を獲得することが出来る予定だ。6年後には、大阪万博も待っている。

6年の猶予があると考えることも出来る。たしかに、2007年からの12年は思っていた以上にうまく出来なかったが、そればかり言っていても仕方ないことだし、前向きさに欠ける。

“6年の猶予を与えてもらえた”と前向きに考え、体調も良くない事からも、落ち着いた環境を確保しつつ、様々な勉強をするのも良いのではないか。そんな中で、調子も上向くはずだし、様々なことも身につくはず。誤解も減り、信用や信頼というものにもなるのではないか。

“6年の猶予を”前向きにとらえ、“国体”を育み直す

地域や世代、男女など、様々なところで不和が言われているが、ひとりひとりが繰り返し、日々の中で行うことで、解消できるはずだし、自然と国力というものもついて来るのではないか。

“日本のしなやかな伝統文化”にも適うのではないか