#2“kizunaロートシルト”さんはROCKが好き “9”

通信・J-ROCKは好相性 「ABCDEJは必須」 「一神教で母が好き」 電通で電気でヒカリエで東急でauの子 ROCK(青2黒2赤18)=22 “6915”

45年を総括 速いことはいいこと、日本社会は苦手なので突破したい。“速さ強さ”を求めるにあたりなにが必要か

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国体=自分+日本

45年全て失ってしまったことに気づく

 日本の社会を苦手としており、まわりと合わせることができずここまで来てしまったが、限界をむかえてしまいました。 

 日本をやめることにした。以前から話して通り日本をやめる。45年全て失ってしまったことに気づき、そういった考えに至りました。日本をやめる。僕の中で日本は終わっていた。

 そもそも、未遂に終わったが、2006年8月末自殺を決行した時点で終わっているのだから、絶望していたはず。日本に絶望していた。

 飛び降り、オーバードースを決行。某大学病院に緊急搬送ののち、足立区にある某病院に入院。そこでまた問題が起きることに。

 

自殺を決行した時点で国体はウソ“日本は死なない”

 記憶を失っていた事から、退院後の母の話から分かったこと。拘束され電気痙攣療法というものを施されたのだとか。いまだ、記憶が戻ることはない。日本や日本社会というものに対する不信をぬぐえないまま、ここまで来てしまったし、ごまかしや隠ぺい図ろうとしているように映ることからも、日本の社会というものを、呆れかえってしまっている。

 僕の素直な想いであります。

 たしかに日本人ではありますが、日本と自分を同じものと思うことができないことが心底理解できたし、そもそも、十数年前にもおそらく同じ想いにあったから自殺という選択をしたはず。

 

ご迷惑をかけるのも心苦しい“日本人をやめる”

 少しづつ回復する中で、日本に対する想いというものも、良いイメージを持つことが出来なくなってきている。それは、ある時期から感じられていたが、日に日に高まっていたが、ここに来て、一気に爆発してしまったようです。

 これ以上、ご迷惑をかけるのも心苦しいことから、日本人をやめる。意識的に日本ではないと思う。結果として、そういった事を続ける中で、自分の本来持っているものも、より、より良いものになっているだろうし、発揮しやすくもなるはず。結果として日本のためになっていれば良いこと。

 やはり、日本人でもあることから、日本が失われていくことを目の当たりにして行くこともつらい。自分からも失われてしまっている事からも、やはりつらい。

 

上馬キリスト教会の世界一ゆるい聖書入門

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なにが今の自分必要か

「近くで競馬をする馬がいないので、封じられようがないから」

 なにが、いま自分にとって必要なのか。また、日本にとってどうなのか。という観点から考えてみたい。

 自分にも日本にも、良いこととは何か。winwin

 「近くで競馬をする馬がいないので、封じられようがないから」

 “サイレンススズカ”という競走馬を評した、武豊騎手の言葉。

 理解できる。良く分かる話。競馬において、18頭が最多出走頭数にあたるが、スタートを決め、すぐさま先頭にたち、そのまま押し切りゴール板を駈け抜ける。

 不利を受けることもなければ、レース展開が云々という話もないことも競馬を知らない人でも、理解できるはず。

 理屈では簡単、実際にそれをするのは相当難しい。大レースほどそうなるのだろうが、それが常にできれば、負けないに決まっている。常に先頭なのだから。

 “サイレンススズカ”から得たもの、速さ強さのひとつ。

 やはり、早いことは良いこと。3倍速いのも良い。早いの良い。ほかに早そうなものをジャンル不問で探してみることにした。

 

武 豊 (たけ ゆたか、1969年(昭和44年)3月15日[1] - )は、日本中央競馬会 (JRA) の騎手である。

JRA全国リーディングジョッキーを18回獲得(歴代最多)[4]。騎手大賞を9回獲得(歴代最多)[5]。通算GI勝利数は地方、海外含めて100勝以上を記録(歴代最多)[6]。その他にも通算4000勝を超えるJRA歴代最多勝記録[7]、および歴代最多騎乗数記録[8]など数々のJRA記録を保持している。

武豊 - Wikipedia

誰も書かなかった 武豊 決断 (徳間文庫)

誰も書かなかった 武豊 決断 (徳間文庫)

ウマにかさねるのは辛いだけ。人間に“心。”をかさねる

 “国体=自分+日本”なのだとして、それは“国体”のみならず、あらゆるものに当てはめていく必要があり、たとえば、上でも挙げている、競走馬に関して同様のこと。自分を重ねる。心を共にする。

 もちろん、そんな事ばかり考えていたらつらくもなるから、人間にかさねる。競馬で言うなら、騎手、調教師さん厩務員さん。牧場関係者さん。たずさわる人々と共にする。人間にかさねる。

 あくまでも馬は馬。馬に心をかさねてもつらいだけ。人間にかさねていく。仕方がないが馬も経済動物。つらいが仕方がない。

 

産業動物(さんぎょうどうぶつ)、あるいは経済動物(けいざいどうぶつ)は、その飼育が、畜主の経済行為として行われる動物の総称。ただし呼び方としては、家畜・家禽(鶏のみを指す場合)の方がより一般的であり、これに対する名称及び存在が愛玩動物(ペット)である。

狭義には牛・豚・馬・ヒツジ・山羊・鶏・アヒル・ミツバチなど、その生産物や労働力が人間にとって有用なものとなる動物たちを指す。広義には前記のような動物の他、観賞用の錦鯉など人の手によって繁殖を管理され、その商取引によって市場が形成されている動物までを含むこともある。

産業動物 - Wikipedia

家紋におけるUnicorn、Lion、黒い鳥

競走馬にUnicornを求めるのは苦しい...

 たとえば、Unicorn的なものが必要なのだとして、それを競走馬に求めるのだとすると、それはキツイ。競馬中継など見ていても、つらい想いになるだけだし、思い入れの強い競走馬だとしたならなおさら。

 ほかのものごとに見つける必要があるのだろうと、考えており、たとえば、Unicornというものを何に見て行けば良いのだろうか。

 挙げられるのは、ユニコーンガンダム、ユニバーサル、ユニクロ、東急東横線(全21駅・“U”はアルファベット順21番目)といった具合にほかのものごとに見ていく。結果として、様々なものごとに触れることも出来れば、自分の心も守ることも出来、国体の維持や保守にもつながる。

 

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ロスチャイルド家(ロートシルト家)の紋章。

盾の下には、ロスチャイルド家の家訓であるConcordia, Integritas, Industria(調和、誠実、勤勉)という銘が刻まれている。

ロスチャイルド家(Rothschild、「ロスチャイルド」は英語読み。ドイツ語読みは「ロートシルト」。

フランス語読みは「ロチルド」[1]。)は、ヨーロッパの財閥、貴族。門閥として名高い。ロマノフ家とはHubert de Monbrison (15 August 1892 – 14 April 1981) の三度にわたる結婚を介して家族関係にある[2]。また、ベアリング家ともギネス家を介してやはり家族関係である[3]。モルガン家やゴールドシュミット・ファミリーとも親密であり、1001クラブ等の広範なビジネスコネクションをもつ。アメリカについては、ウィルバー・ロスやフィデリティ・インベストメンツと、実業家時代のドナルド・トランプを支援した[4][5]。

盾の下には、ロスチャイルド家の家訓であるConcordia, Integritas, Industria(調和、誠実、勤勉)という銘が刻まれている。[6]

ロスチャイルド家 - Wikipedia

東急電鉄 まるまる一冊 (JTBの交通ムック)

東急電鉄 まるまる一冊 (JTBの交通ムック)

速さを求めるならFormula1“フェラーリ”

 よそのものを知ることで、日本のためにもなるし、今までと違う視点から日本を見ることにも繋がる。より、日本を知ることも出来れば、海外の国々を知ることにもつながる。愛国や“一身独立して一国独立す”にもかなうはず。

 そもそも、Unicornなど実在しないし、心や文化の話し。概念。存在はしない。心の中にいる。また、速さを求めていたはず。モノとしての速さを求める方が正解なのではとも考えられる。

 そこでイメージされたのが、Formula1。フェラーリ。

 同じ馬でも、自動車界のウマ。

 

スクーデリア・フェラーリ(伊: Scuderia Ferrari[※ 1])は、イタリアの自動車メーカー、フェラーリが運営するワークス・レーシングチームである。現在はF1のコンストラクターとして活動しているが、かつてはスポーツカー世界選手権にも参戦していた。

「スクーデリア(伊: scuderia)」はイタリア語の厩舎から転じた、「チーム」に当たる言葉で、英語のsquadに相当する。

エンツォ・フェラーリによってアルファロメオのセミワークスレーシングチームとして発足し、独立後は一貫してシャーシとエンジンを内製するフルコンストラクターとして活動を続けている。

F1世界選手権創設時から参戦し続けている唯一のチームで、2009年までに最多の16回のコンストラクターズタイトルを獲得し、9人のドライバーズチャンピオンを輩出。通算最多勝・最多出走など、数多くのタイトルと記録を保持する。

スクーデリア・フェラーリ - Wikipedia

ガルウィングドア。ガルウィングは「カモメの翼」の意

 イメージされたのが、Formula1。フェラーリ。

 自動車界のウマが、フェラーリなのだとして、トリを探してみては、と少し考えてみたところ、ガルウイングに違いない。カタチとしての羽。

 ガルウィングドア。ガルウィングは「カモメの翼」の意

 

ガルウィングドア(gull wing door )とは自動車などのドアの開閉方式の1つである。「ガルウィング」は「カモメの翼」の意味。

ヒンジの軸がほぼ垂直で車体左右の外側に向かって開くドアと異なり、ルーフとドア上辺の間に車体中心線にほぼ平行なヒンジを持ち、地面に対して垂直に展開するかたちで開く。市販の乗用車では1954年発表のメルセデス・ベンツ・300SLが初めて採用し、それ以降主に高級スポーツカー(スーパーカー)が採用している。開閉に必要な横方向のスペースは通常のドアよりも少ない。開閉アシスト用のガスストラットが劣化すると開操作が重くなり、閉まる側には勢いよく落ちるようになる。

ガルウィングドア - Wikipedia

ウミネコ(海猫 Larus crassirostris)チドリ目カモメ科カモメ属

 Wikipediaを参照したところ、ガルウィングは「カモメの翼」の意ということが分かった。

 “カモメの翼”

 先日、地元駅でもある祐天寺界隈を散策していたところ、気になるお店が目にとまった。“ウミネコ” “カフェバー”

 面白い。名とは面白いもの。“ウミネコ”でありながら“トリ” “カモメ” 面白いこと。なので、ネコ目線で写真におさめることにしてみた。

 

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ウミネコ(海猫[1]、Larus crassirostris)は、チドリ目カモメ科カモメ属に分類される鳥類。

ロシア南東部、中国大陸東部、台湾、日本、朝鮮半島[a 1]

冬季になると中華人民共和国東部などへ南下し越冬するか、ロシア南東部や朝鮮半島では周年生息する[2][3][4][5][6][7]。日本では周年生息(留鳥)するが[7][8]、冬季になると北海道や本州北部で繁殖する個体群は南下する個体が多い[3]。

ウミネコ - Wikipedia

Lionなら何に求めればよいか

『ライオン・キング』8月9日公開! アニメも超えた“超実写版”

 家紋におけるLionが必要なのだとして、何に求めていくべきなのか。

 プレミアリーグに求めていくのはどうか。ほかにも、ディズニーのライオンキングも良さそう。国内に向けていくと、良くない事も気づけたし、何より自分がつらくなる。同じようにかさねてしまうから。

 


「ライオン・キング」超絶クオリティCGで描かれる動物たちの表情に注目 映画『ライオン・キング』日本版本予告

『ライオン・キング』(The Lion King)は、2019年に公開されたアメリカ合衆国のミュージカル映画。1994年に公開されたディズニーの長編アニメーション映画作品『ライオン・キング』のフルCG(ディズニー公式では「超実写版」と銘打っている)リメイク作品である。

音楽は、1994年のアニメーションで使用されたエルトン・ジョンと作詞家ティム・ライスが手掛けた楽曲に加えて、ドナルド・グローヴァーとビヨンセによる新曲「Never Too Late」(エンドクレジットで使用)や、ビヨンセによる新曲「Spirit」などが使用されることが発表となった。[2]

日本盤CDは、本国オリジナル・キャストによる英語歌を収録した「英語版」、吹替版キャストによる日本語歌を収録した「日本語版」、そして両方を収録した「デラックス版」の3種類で発売。「英語版」のみ、デジタル配信は7月12日に発売。「英語版」の日本盤CD、「日本語版」と「デラックス版」の日本盤CDとデジタル配信は8月7日に発売された。[3]

ライオン・キング - Wikipedia

ライオン・キング 4K UHD MovieNEX [4K ULTRA HD+ブルーレイ+デジタルコピー+MovieNEXワールド] [Blu-ray]

ライオン・キング 4K UHD MovieNEX [4K ULTRA HD+ブルーレイ+デジタルコピー+MovieNEXワールド] [Blu-ray]

生年月日によりスケープゴートにされる45年

 数字により、スケープゴートにされていた様に想えるし、それが理由となり、ライオンさんや、ユニコーンさん、ほかにもロック界隈の鳥さんたちにもご迷惑をかけていた様にも映る。

 ほかにもヤタガラス界隈。Soccer。怒りがあるのと共に、不甲斐なさや情けなさも...

 

スケープゴート(英: scapegoat)は、「身代わり」「生贄(いけにえ)」などの意味合いを持つ聖書由来[1]の用語。「贖罪(しょくざい)の山羊」等と訳される。

原義としてはヘブライ聖書において、贖罪の日に人々の苦難や行ってきた罪を負わせて荒野に放した山羊を指した。

スケープゴート - Wikipedia

生年月日 

1974年(S49寅)6月6日生まれ。O型

好きなこと 

読書、映画鑑賞、カラオケ、スポーツ観戦(野球・サッカー)

長所 

一人で割と平気。

短所 

メンヘラ。以前はそんなことはなかったのですが、部屋が片付けらなくなり、落ち着きもない。多動が気になる。聴覚過敏。光過敏にも困っています。睡眠障害。

こちらが免許書になります(*‘ω‘ *)   

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マイナンバー(英: My Number)制度導入に一歩前進!

生年月日 

1974年(S49寅)6月6日生まれ。O型  

 “1974年” “6月6日” 

 西暦の数字 合計“21” “U” ユニコーン。

 誕生日の数字 合計“12” “L” ライオン。

 黒い鳥。ヤタガラス。 部活動朝練の場。富士見幼稚園、お遊戯の場には、カラスのはく製。

 ほかにも、“S49”の数字を合計すると“13”となることから、アルファベット上は“M”、トランプに置き換えると“K” キング。ライオンキングとも言えそう。

 これらすべてをスケープゴートのようにされたとも言える。45年にわたりされたとも言えそう。マズい。

 数字上で行われていたのだから、問題と言えることから、数字には数字でお返し。「マイナンバー(英: My Number)」。“十”

 

個人番号(こじんばんごう)とは、日本に於いて「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」に基づき、個人の識別番号として各市町村または特別区からその住民に指定される12桁の番号である。通称は「マイナンバー(英: My Number)」。なお、法人や団体などには、個人番号の代わりに同じ根拠法で法人番号が指定される[1]。

個人番号カード交付が始まり、従来の住民基本台帳カードの新規発行は行われなくなった(2015年(平成27年)12月末終了)。ただし、それ以前に交付を受けた住基カードは、有効期間内はそのまま利用できる[2]。しかし一度個人番号カードの交付を受けると、有効期間内であっても住基カードは返納しなければならない。

個人番号 - Wikipedia

大倉山師岡熊野神社 三足烏八咫烏五芒星

Soccerの神様ヤタガラス、Unicorn、ベルリンベア

 ルーツ探しみたいなものを、続けていたが、やめることにした。日本と思えば思うほど苦しいだけ。自分を日本と思うほど、情けない気持ちになるし、申し訳ない気持ちにもなる。

 地元の人々にもご迷惑をおかけしてしまったことから、日本をやめることにする。45年を失った。人間関係も失った。それは、日本に対する想い失うことだし、日本人としては死んだということ。2度死んだとも言える。2006年8月までとそれ以降。2度。すべて失う。

 先日、地元大倉山にうかがった際、熊野神社に立ちよることができた。サッカーの神様がいるところとも言える。ヤタガラス。

八咫烏 

八咫烏(やたがらす、やたのからす)は、日本神話に登場するカラス(烏)[1]であり神。神武東征の際、高皇産霊尊(タカミムスビ)によって神武天皇のもとに遣わされ、熊野国から大和国への道案内をしたとされる。一般的に三本足の姿で知られ、古くよりその姿絵が伝わっている[1]。

三本足の意味 

八咫烏が三本足であることが何を意味するかについては、諸説ある。熊野本宮大社では、八咫烏の三本の足はそれぞれ天(天神地祇)・地(自然環境)・人を表し、神と自然と人が、同じ太陽から生まれた兄弟であることを示すとしている[2]。また、かつて熊野地方に勢力をもった熊野三党(榎本氏、宇井氏、藤白鈴木氏)の威を表すともいわれる。三本足の意味が、古来より太陽を表す数が三とされてきたことに由来するとする見方は、宇佐神宮など太陽神に仕える日女(姫)神を祭る神社(ヒメコソ神社)の神紋が、三つ巴であることと同じ意味を持っているとする説もある。

八咫烏 - Wikipedia

ユニコーンを何に求めるのか“東急東横線全21駅”

 競馬との付き合い方が難しくなっており、“ユニコーン”を何に求めるのかがテーマになっており、考えられもののとして挙げられるのは、東急東横線。

 東横線全21駅。“U” 東横線はUnicornとも言える。ほかにも、ロシアの“露”

 画数21画。ロシアもUnicornといえそうです。

 また、東急東横線大倉山に、熊野神社があることから、黒い鳥とユニコーンが共生してることが分かるはずだし、熊もいる。共存している。

 熊。ベルリンベア。

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ベルリンと熊 ベルリン・ベア - tamagoのドイツ滞在記

Su-27 フランカー 増補改訂版 (世界の名機シリーズ)

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競馬とSoccerはヤタガラス五芒星によって対

 五芒星とヤタガラスが密接であるらしいのですが、“五芒星”について、Wikipediaを参照してみたところ、旧日本陸軍の制服に星型のバッチがついており、五芒星というものは、旧日本軍と関係している事も分かるはずだし、そもそも、明治以降の日本はそういったものででき上がっているとも言える。

 旧日本陸軍と競馬も関係しているはずだから、ヤタガラスと競馬は対といえるのだろうし、Soccerとも密接とも言えるのだろう。

 競馬とSoccerは五芒星によって対。

五芒星 

五芒星(ごぼうせい)とは、五光星、五稜星あるいは五角星(英: five-pointed star)と呼ばれる5つの角を持つ星マークのうち、互いに交差する長さの等しい5本の線分で構成され、中心に五角形が現れる図形である。ペンタグラム(英: pentagram)、五線星、星型五角形(星型正五角形)ともいう。

「陸軍服制」(明治33年勅令第364号)によると、明治の最初期から昭和の太平洋戦争直前まで、旧日本陸軍の将校准士官が正装・礼装時に着用する正衣(大礼服)の正帽の天井には、金線(銀線)で五芒星が刺繍されていた。また陸軍軍属においても、親任官以下全ての陸軍軍属が着用する軍属従軍服(軍属服)では、五芒星を模した臂章が制式(昭和18年制)であったほか、平服着用時に佩用するバッジ型(七宝焼き)の徽章でも五芒星が使われていた。

道旗・道章とも1967年に制定された “七芒星”

 北海道旗は七芒星として知られ、もともと、北海道開拓使は青地に赤の五稜星を描いた旗を用いており、開拓使次官・黒田清隆は北辰旗のデザインを変更、赤い五稜星を七稜星にすることを政府に要請も、変更案は幻となった。

 1960年代に入ると、相次いで都府県旗が制定されたことから北海道でも1969年の開道100周年を目前に道旗を制定する気運が高まり、1967年道旗・道章ともに制定されることになった。

北海道旗 

北海道旗(ほっかいどうき)は、日本の都道府県の一つ、北海道の旗。本項では、旗に図示されている北海道章(ほっかいどうしょう)についても併せて解説する。

開拓使旗(北辰旗) 
北海道開拓使は青地に赤の五稜星を描いた旗を用いており、この旗は北辰旗と呼ばれ、道民に親しまれて来た。このデザインは当初、開拓使の公用船で船長を務めていた蛯子末次郎が公用船の旗章として使い始めたものが開拓使全体の旗印として定着し、1872年2月に正式な開拓使の旗となった[1]。

北海道旗 - Wikipedia

イスラエルの国旗としても知られる、“六芒星”

 以前から気になるものの一つとして、存在しており、様々なところで見受けられる。イスラエルにかぎらず、様々な国の国旗にも使用されており、そう珍しいものでもない。

 カゴメ格子やハニカム構造としても知られており、珍しいものでもない。先日、自由が丘にある雑貨屋さんで、サッカーボール風トートバッグを購入したが、画像でも確認できる通り、6角形、5角形の生地のパッチワークでき上がっているのも分かるはず。

 カゴメ格子やハニカム構造、五芒星や六芒星というものは珍しいものでもないし、街をすこしで歩くだけで、見つけられるはず。どちらかといえば、サッカーボール風トートバッグの方がよほど珍しい( ;∀;)

 

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六芒星(ろくぼうせい、りくぼうせい)とは、星型多角形の一種で、六本の線分が交差する図形である。六角形の各辺を延長することでできる。六角星、六線星、星型六角形、ヘキサグラム (hexagram) ともいう。また、六芒星中にある六角形を抜いた形を六光星と呼ぶ[要出典]。

ユダヤ教がなにか教義の上からこの図形を神聖なものとして見ているというような事実はないが、17世紀以降、伝統的にユダヤ人を表わす記号として定着している。このため、ユダヤ人の国であるイスラエルの国旗にはダビデの星と呼ばれる青色の六芒星が描かれている。

日本でも、同様の「籠目」という文様がある。竹編みの籠の編み目を図案化したもので、魔除けとしてこの図形を用いることがあった。現在でも使用されている例として、伊勢神宮周辺にある石灯籠に籠目が刻まれている。家紋としては籠目紋といい、「籠目」、「丸に籠目」などが使用されている。江戸時代には、小宮氏、曲淵氏などが用いた。

六芒星 - Wikipedia

イスラエル・聖書と歴史ガイド

イスラエル・聖書と歴史ガイド

できる限り身近に熊要素 地元に戻らなくとも“クマー”

 “大倉山師岡熊野神社”というものに何かを見てしまう。お世話になったことからも、“なにもない”という判断をする事は僕にはできないし、地元でもあるし、友人、知人が暮らしていた場所でもあることから、帰る場所とも言える。実際に戻るかどうかは別としても、そういった意識は必要になりそうです。

 日本をすてたとはいえ、お世話になった人などをすてることはやはりできない。なので、できる限り身近に熊要素は必要になりそう。言い方を変えると置き換え。

 地元に戻らなくとも“クマー”

 

師岡熊野神社(もろおかくまのじんじゃ)は、横浜市港北区にある神社である。旧社格は郷社。横浜北部の総鎮守とされる。

社紋は三足烏であり、熊野三山において信仰された八咫烏に由来するものと考えられる。

三つ足烏は、日本サッカー協会のシンボルマークでもあるため、近年当社はサッカー神社としても親しまれ、サッカー日本代表の公式エンブレムのついた日本サッカー協会公認のお守りや絵馬が販売されている。

師岡熊野神社 - Wikipedia

ハイイログマは、北アメリカに生息するクマ科の大型動物

 もこもこは落ち着く。お店などでももこもこしたものを見つけては、もこもこ感を確認するほど。毛布にくるまるのも心地よい。ふっくらもこもこはそれはそれで良いもの。何より落ち着く。安心感がある。

 そういえば、“ハイイログマ”というものがいたような気がする。久しく目にすることはないが、どこかにいたような気もするし、なつかしい気がしないでもない。

 ぐりずりーさん。

 

ハイイログマ(灰色熊、学名 Ursus arctos horribilis)は、北アメリカに生息するクマ科の大型動物で、ヒグマの一亜種である。日本に生息するエゾヒグマ(U. a. yesoensis)とは近縁である。

別名アメリカヒグマ。また、日本でもグリズリー(Grizzly)という英名がよく知られている。北米では、内陸に棲む同種をグリズリー、沿岸に棲む同種をヒグマ (Brown Bear) と呼ぶことが多いが、実際のところ、ヒグマと区別する明確な基準はない。 亜種小名「horribilis」は「恐ろしい」という意味である。

なお、ゲノムの解析により絶滅種のホラアナグマと交配しており、現生のハイイログマにもホラアナグマの遺伝子を持つ個体が存在する事が判明した[1]。 

ハイイログマ - Wikipedia

テディベアは、心理学的効果があるらしいことが分かった

 “もこもこ” “ふっくら”を好むのも理由があるらしい、以前から“なにか”が欠けており、どうしても、“もこもこ”したのものに安心する傾向にあった。“ふっくら”もどうもそこに分類されるのだろう。

 実家にも、“テディベア”が何体かおり、見ているだけで落ち着く気もする。どういうことか気になったので、Wikipediaを参照することにした。どうも、心理学的効果があるらしい、すこし読み進めてみると、

 “乳幼児の愛玩物として親しまれているだけでなく、精神安定をもたらす癒しの人形としても扱われている”、ことが分かった。ほかにも乳幼児がさみしくない様にと、テディベアを入れて毛布をかけて寝かせることに使用されるらしい。

 

テディベア(英: Teddy bear)は、クマのぬいぐるみのことである。その名前は、第26代アメリカ合衆国大統領セオドア・ルーズベルトに由来する。

心理学的効果
乳幼児の愛玩物として親しまれているだけでなく、精神安定をもたらす癒しの人形としても扱われている。布団やベッドなどに寝かせつける時には、寂しくないように乳幼児の隣にテディベアを入れて毛布をかけて寝かせることに使用されるケースがあるほか、筑波大学附属病院では宮本信也教授により小児患者に対するテディベアの癒し効果の有効性を検討する「テディベアの癒し効果に関する研究」(附属病院臨床研究倫理審査委員会承認済)が実施された[5]。

テディベア - Wikipedia

映画『二百三高地』から武士道・騎士道精神

“勝てば官軍負ければ賊軍”という感覚は皆無

 203高地という映画があり、幼少の頃家族とテレビで見ることができた。

 日本軍とロシア軍が対峙することになるが、印象に残る表現があった。いまだに記憶として残り続けているため、おどろきがあったという事なのだろう。

 戦いの途中、休憩時間があり、両国の兵隊さん酒を飲み交わすシーンがあり、幼少期ということもあり、ビックリしてしまう。当時、子どもということもあり、そのように考える事は出来なかったが、おそらく、“武士道・騎士道精神”というもので戦っていたのだろうと考えられる。

 フェアプレー精神という事になるか。また、休憩時間を終えると、両軍別れて、戦いはじめる。現代人の感覚からすると、違和感を感じたりもするが、どこか、“なにをしても勝てばよい”という風もないから、潔さも感じるし、心地よい。

 

二百三高地

二百三高地

sportsだけではないが“武士道・騎士道精神”はあるか

 “明治維新を起点として資本主義経済を基調とする工業化の道を歩みはじめた日本は、1890年代から1900年代にかけて産業革命を遂行し,日露戦争後の1910年ころに資本主義社会の成立をみるに至った。”

日本資本主義(にほんしほんしゅぎ)とは - コトバンク

 資本主義社会の成立させるにあたりなにが必要なのか、ということを考える必要がある。

 “武士道・騎士道精神”言われている。

「武士道」とは「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義」からなる道徳である。

「義」...人間としての正しき道、正義を指すもので、武士道のもっとも厳しい徳目である。「フェアプレイ精神」
「勇」...義を貫くための勇気のこと。犬死はならぬが、正義の為なら、命も惜しまず。
「仁」...人としての思いやりと他者への憐れみの心。「惻隠の情」であり弱き者を、いたわり思いやる心。
「礼」...仁の精神を育て、他者の気持ちを尊重し、そこから生まれる謙虚さ。つまり礼のことで、「礼儀作法」の根源。
「誠」...文字通り、言ったことを成すこと。嘘や誤魔化しを嫌い「武士に二言はない」という言葉は武士道の徳目である。
「名誉」...自分に恥じない高潔な生き方を追求し、そして守ること。つまり、恥を知ることにより、己自身の立ち振る舞いを正される。如何に美しく死ぬかを追求する事は同時に生きる事も追及する事になり、そして、その命とは何のためなのか、と言う哲学にたどり着く。
「忠義」...なんのために生きるのか、それを表すもの。己の正義に値するものであるなら、絶対的な従順を示す。しかし、奴隷にはならず、己の命をかけて主君に意見する事でもある。

武士道

武士道

武士道における「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義」からなる道徳

 その国の歴史の中で、“武士道・騎士道”というところに至らなかった国々では、資本主義社会の成立というのも上手く行かなかった言われており、「武士道」における「義、勇、仁、礼、誠、名誉、忠義」からなる道徳というものが欠けると、“勝てば官軍負ければ賊軍”というような、損得勘定に陥りやすい。

 稼げれば何でも良いと卑怯の限りを尽くしてしまう事から、成立は難しい。そういった国々は理解を得られずらいことから、発展も難しいと言える。

 そもそも、武士道など存在していないにもかかわらず、なぜ必要になったのか。理解されるため。

 “明治維新を起点として資本主義経済を基調とする工業化の道を歩みはじめた日本は、1890年代から1900年代にかけて産業革命を遂行し、欧米列強と対峙するため。植民地にされないため。生き残るため。

 野蛮な国ではないと、欧米諸国に理解されるため、新渡戸稲造さんが“武士道”というものを書く必要にあった。

 

新渡戸 稲造(にとべ いなぞう、1862年9月1日(文久2年8月8日) - 1933年(昭和8年)10月15日)は、日本の教育者・思想家。農業経済学・農学の研究も行っていた。

国際連盟事務次長も務め、著書 Bushido: The Soul of Japan(『武士道』)は、流麗な英文で書かれ、長年読み続けられている。日本銀行券のD五千円券の肖像としても知られる。東京女子大学初代学長。東京女子経済専門学校(東京文化短期大学・現:新渡戸文化短期大学)初代校長。

新渡戸稲造 - Wikipedia

第26代セオドア・ルーズベルト大統領にも影響を

 “1900年にアメリカで出版された「武士道」は、セオドア・ルーズベルト(1858~1919)に感銘を与えました。

 ルーズベルトは、「日本人の男性に脈々と受け継がれている精神を理解することはとても重要だ」と考え、「武士道」を自ら何冊も購入し、「これを読めば日本がよくわかる」と言って、友人などに配ったと言われています。

 ルーズベルトにはハーバード大学卒の日本人の友人もいましたし、ホワイトハウスに相撲の力士を招待したこともありましたから、日本のファンだったのは間違いありません...”

 

アジア諸国は次々と西洋諸国の植民地になっていた時代

 欧米と比較するとアジア諸国は文明が遅れており、西洋諸国の植民地に次から次へとされてゆきました。

 このままでは、いずれ日本も植民地にされるという危機感から、文明開化を成し遂げ、日本がアジアの手本になるだろうと考えた福沢は、朝鮮人留学生を受け入れることにしました...

時事新報の社説『脱亜論』1885

日露戦争1904-1905

第一次世界大戦1914-1918

1910年当時のアジア情勢:日本は欧米列強に包囲されていた

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“白色人種にあらずは人にあらず”の時代、如何に生き残るか

 画像からも確認出来るように、世界は弱肉強食の帝国主義の時代。生き残るため何をすべきか考える必要にあったし、新渡戸稲造さんの“武士道”というものも、そういった観点に立った結果生まれたもの。欧米諸国に、理解されるため。同様の心を知ってもらうため書かれたのだろう。

 感銘を受けた、第26代セオドア・ルーズベルト大統領が、日露戦争の仲裁役を買ってくれたと言えるのだろう。

 “帝国主義の時代”

 “白色人種にあらずは人にあらず”の時代にいかにして生き残るかを、当時の日本人は考え行動していたことも分かるし、そのご苦労も理解できるはず。

 

セオドア “テディ”・ルーズベルト(英語: Theodore "Teddy" Roosevelt、[ˈθiːəˌdɔːɚ ˈɹoʊzəˌvɛlt][3][4][5]、1858年10月27日 - 1919年1月6日)は、アメリカ合衆国の軍人、政治家で、第25代副大統領および第26代大統領である。姓はローズベルト、ローズヴェルトとも表記される[6]。

第32代大統領フランクリン・ルーズベルトは五従弟(12親等)に当たり、またフランクリンの妻エレノアは姪にあたる。セオドア・ルーズベルトはその精力的な個性、成し遂げた業績と合衆国の利益、国の発展期に示したリーダーシップと、「カウボーイ」的な男性らしさでよく知られる。共和党のリーダー、および短命に終わった革新党の創設者であった。大統領就任までに市、州、連邦政府での要職に在籍した。また政治家としての業績と同じくらい、軍人、作家、ハンター、探検家、自然主義者としての名声も併せ持つ。身長5フィート10インチ(約178cm)[7]。

セオドア・ルーズベルト - Wikipedia

1902年日英同盟がなければ、勝ち目もない戦争

 戦局を優位に進める上で、イギリスの存在も無視できない。“日英同盟”がなければ、勝ち目もない戦争でもある。

 代表的なものは、日本海海戦において、ロジェストヴェンスキー率いるバルチック艦隊を打ち破る結果になるが、黒海から遠征する際、イギリスの植民地でもある港に寄港する際、日本に有利に運ぶよう手回ししてくれていたのだそうで、日本海にたどり着いたころには、疲労困憊になっていたのだそう。

 その点1つとってもイギリスの存在は多きことが分かるはず。先々にある寄港地が、ことごとく、イギリスの植民地だったということでもある。

 

日英同盟(にちえいどうめい、英: Anglo-Japanese Alliance)は、日本とイギリスとの間の軍事同盟(攻守同盟条約[1])である。

1902年1月30日にロシア帝国の極東進出政策への対抗を目的としてイギリス外務省において日本駐英公使林董とイギリス外相第5代ランズダウン侯爵ヘンリー・ペティ=フィッツモーリスの間で調印された[2]。

その後、第二次(1905年)、第三次(1911年)と継続更新されたが、1921年のワシントン海軍軍縮会議の結果調印された四カ国条約成立に伴って、1923年8月17日に失効した[3]。

日英同盟 - Wikipedia