東京事変『能動的三分間』 スポーツについて少し考えてみた....“キズナ”が存在するなら距離も時も越えて繋がっていける

“キズナ”が存在するなら距離も時間も

 

 名には、願いや想いが込められている。

 ひとの願いや想いそのものが名となり、命が吹き込まれる。

 それは、心そのものといえる。叶うことのなかった、願いや想いが名となり形をなしていくのだろう。願いや想いが、その言葉をかり心と身体となっている。名を口にする事で、音となり、その響きで、優しい気持ちになれたり、力強い気持ちにもなれるのだろう。

非現実的に見えていたとしても

 スポーツを通じて育む心があるのだと考えている。それは、結果から得られるものだけではない。結果を重視することで得られるものではないと考えているのだ。

 競技を通じて得られるもの。

 結果として表れなかったとしても、ともに何かに打ち込んだということ。同じ時間を共有できたということ。たとえ、長く苦しい時間だったとしても、それが、他者からみると現実的でもなく、理にかなわないような事に見えていたとしても。また、結果として表れることなく、何ひとつ報われることが無かったとしても、ともに過ごした時間が意味の無いものになるはずがないのだと考えている。

 そこで、ともに何かに打ち込んだ事が意味のないことになるはずがない。

 その心が嘘になるはずがないのだと考えている。“キズナ”というものが言葉だけでないのなら、そういう事になるのだろう。

 距離も時間も越えて、いがみ合うことを長く続けていたとしても、“キズナ”というものが存在しているのなら、たとえ距離を感じていても繋がって行けるのだと考えているのだ。

 リアルやネット、ノンフィクション、フィクションでも何でも、繋がっていけるのだろうなと考えている。

スポーツに役割があるのだと考えている

 スポーツを、学生時代に続けていくことで得られることとは、互いに同じ目標に向かって努力を重ねるということ。汗水たらしながら、日々努力を重ねるということ。結果として、何ひとつ報われることがなかったとしても、ともに過ごした時間から何かを得られるということ。

 結果として成績が良くなかったとしても、そこで、ともに過ごした時間から得られることがあるのだと考える。一見無駄なことに見えるかもしれないが、無駄を無駄とせず、結果が出なかったとしても、ともに過ごした時間、そこで育まれていくもの。

 そういった心を大切にしてゆくこと。

 もし、スポーツに役割があるのだとしたなら、そういったものなのだろうと考えている。

  

東京事変 - 能動的三分間 


東京事変 - 能動的三分間

スポーツ

スポーツ

1 生きる Ikiru -Vivre-

2 電波通信 Denpatuushin

3 シーズンサヨナラ Season Sayonara

4 勝ち戦 Kachi Ikusa

5 FOUL

6 雨天決行 Uten Kekkou -Life Will Be Held Even If It Rains-

7 能動的三分間 Noudouteki Sanpunkan -3 min.-

8 絶体絶命 Zettai Zetsumei -Life May Be Monotonous But The Sun Shines-

9 FAIR

10 乗り気 Noriki -Ride Every Wave-

11 スイートスポット Sweet Spot

12 閃光少女 Senkou Shoujo -Put Your Camera Down-

13 極まる

スポーツ[CD] - 東京事変 - UNIVERSAL MUSIC JAPAN