宇多田ヒカル / Goodbye Happiness 頂いたお手紙を整理しながら考えたこと...“そのひとの顔が浮かぶ” 文面に心が宿っているのか

 

 

 ひとから頂いたお手紙を整理した。

 東京に出てきてから、交友関係は大幅に減ったように思うが、それでも、有り難いことにお手紙は頂けていた。

 ひとつひとつ目を通すことをした。

 文面にそのひとがあらわれている。プライベートでもお付き合いが過去にあった、もしくは今も続いているのだとすると、お手紙の文面から、そのひとの顔が浮かぶ。

 そのひとの心が文面に宿っているとなるのか。言霊とも言えそうだが、そのひとの思いや気持ち、願いというものが言葉に文章にと宿っている。

 整理していたもののなかには、もう会うこともかなわない人からの手紙もある。その人とのお付き合いの仕方にもよるが、読むことが苦しくなるものが多い。そのひとの思いや願いが、言葉や文章に宿っていることで、尚のこと、そういった気持ちにさせられる。

 

 AIが小説を書くようになったというニュースを見かける。また、日に日に精度が上がっているのだとか。

 小説とは違う話になるが、たとえば、AIがその人そのものの思いや願い、気持ちまで表現することができるのか。人としての姿かたちから得られる情報や、脈々と受け継がれていく、心や文化というのも表現できるのか。上述した、お手紙から“相手の顔がイメージできる表現”ということが出来るのか。

 ないところに、あるとすることで創造できるとなるが、ひとそのものの心や、そこで育まれた文化。日々の生活の繰り返しの中から育まれていく心、そこでの文化や伝統というところまで表現できるのか気になるところでもあるが、注視していきたい。

 

 “文字”を文字通りにとらえない事により、文面から、そのひとの顔をイメージできる。

 言葉そのものより、そのひとがどういった気持ちで書いていたのか。

 当時の心境を察してみたり。生い立ちや、環境や境遇など、付き合いが長ければ長いほど、文章そのものから得る情報よりも多くなるはず。

 “顔をイメージできる”ということを表現するとこうなるか。

 文章そのものより、お手紙から、その人そのものを受け取ることができるということか。

 それは、上手い下手というものではなく、お手紙そのものから、そのひとの思いや願いを感じられるということでは無いのか。

 心を込めて書いた、そのひとのその様が浮かぶということでは無いのか。顔をイメージできるということは、そういうことでは無いのか。

 言霊というものがあるのだとするなら、言葉そのものではなく、ひとの思いや願いというものが宿っていると感じられるものからではないのか。

 上手い下手ではなく、心を込められたもの。

 情報としてではなく、ひとの思いや願いを感じられるもの、そのひとがイメージできるもの。言葉どおり、文字どおりではなく、そこに心が宿っていると感じられるものなのかと考えている。

 

ひとつ、ひとつ丁寧に目を通すことにした。

お手紙には、そのひとの思いが詰まっていた。願いが詰まっていた。

ひとつも叶うことがなかった言葉がつらなっていた。

 

丁寧に言葉を文字にして思いや願いを、

お手紙として届けてくれた人の心を汲み取ろう。

その人が語りかけてくれた、言葉に耳を傾けよう。

その人の言葉一つひとつしっかりと捉えられるように、

丁寧に目を通していこうと、そんなことを考えている。

 

 


宇多田ヒカル - Goodbye Happiness