Fujifabric志村正彦『東京、音楽、ロックンロール 完全版』を読みつつ、半生を振り返るⅡ

上京以降を振り返るⅡ

1995年上京最寄り駅は学芸大学駅

 1995年上京。当日、地下鉄サリン事件などもあって、バタバタとしておりましたが、ご近所さんも手伝ってくれ、なんとか引っ越しを済ませる事が出来ました。

 ありがとうございました。

 

落ちかないようで散策などをしてやり過ごしてました

 最寄り駅は、東急東横線学芸大学駅になるのでしょうか。

 歩いて15分くらいのところにある、マンションで暮らすことになりました。当時も状態は良くなく、散策などをして、やり過ごすことを続けていました。自宅から数分のところに、林試の森公園という、比較的、大き目な公園があって、こちらも散策コースの一部になっていたようです。先日、訪れる事が出来たのですが、当時と比較しても、明るい印象を受け、また、利用したいという気持ちになれました。ありがとうございました。

 

志村 正彦(しむら まさひこ、1980年7月10日 - 2009年12月24日)は、日本のミュージシャン。ロックバンド・フジファブリックの元ボーカリストおよびギタリスト。

概要 
フジファブリックに在籍中は大半の楽曲の作詞、作曲を担当していた。
小学校から中学校にかけては野球少年だったが、中学時代に渡辺隆之(フジファブリックの初期メンバー)に誘われて行った奥田民生のライブを見て音楽の道を志す。それからは奥田民生を筆頭に、奥田の話すリスペクトミュージシャンを聴きこむ。進学校に通っていたため、「奥田のせいで道を外れた」と話していた[1][2]。その他にシェリル・クロウ、レッド・ツェッペリン、AC/DC、ブラック・サバスなどの1960 - 70年代のロックを聞き親しんでいた[3]。

志村正彦 - Wikipedia

「東京、音楽、ロックンロール」

2009.08.14 日記

 最近、あんまり日記書いてないな。そろそろ書くか。という気持ちでパソコンと睨めっこしております。小一時間ほど。なにをどう書けばよいのやらという感じでございます。怠るといけませんなあ。

 まず、フェスにでました。はい。今週だけ休みです。ロックイン、サマソニ(東京、大阪)。だがまだ夏はつづきます。イベントとかにまだ出ます。なんか知らんが沢山のお客さんが来てくれた。サマソニ大阪がなんか以外で、

 「もう入れません~」

 な会場でございました。室内だから結構涼しいという噂を聞いていたのですが、熱かった。とまあ、ここらで書くのがおっくうになってきました。なんせブランクで...どうでもいい事をつらつらと書こうか。いや、やめとくか、とここでまた小一時間。

 

 え~、マネージャーが家に来まして、デモテープを聴かせたら、

 「すごいじゃん。これみんなびっくりするよ」

 と言われ、あ、そうっすかー、はぁ、頑張りますという流れになりました。まあそうこうしているうちに音源かされるのでしょう。ああ、つくるか。

 あ!今ネトネト聴いているのですが、思いっきりディレクターのスーさんの手抜きを発見した!

 "虫の祭り”のイントロがカオスになっています。意図的?いや、手抜きじゃねぇかなぁ。笑ってしまいました。皆さん、これはぜひ聴いてください。

  そして、ここに来てなぜかフジファブリックマイスペース始めました。オフィシャルです。アンセムのPVとか見れます。是非。

 今フジファブリックのホームページ見ているんですけど、え、俺山中湖のスペシャルのイベントでトークショーやんの?それともゲスト?知らんかった。まぁ出るとこ出ますけど。楽しみけど。そしてダイちゃんがお客さんと気球に乗るの?すごい。俺は出来んわ。お客さん、うれしいだろうなぁ。

 

2009年7月25日隅田川花火大会当日飛び降り騒動

 2009年8月ころを想い返すことも多いようです。ルーツ探しのようなことを行っており、振り返るなかで、とくに2009年前後のことをイメージされるようです。わけあって、2006年夏から、振り返ること、2年弱ほどの記憶を失っており、その間の出来事を思い出すことが出来ないようです。足立区にある、某病院に入院する事になり、記憶が失われてしまった様です。心配になり、退院後に母に説明を求めると、院内で良くないことを起こしてしまったらしく、相応の処置をとられてしまったらしい。納得はいかないものの、失われてしまったものは、どうにもならない事から、仕方ないことと想うことにし、やり過ごしていたようです。そんな様子を見かねたか、入院先で知り合った人が手助けをしてくれたりもしました。

 次第に仲良くなり、同居をするようになったという事のようです。2007年5月から、品川某所で同居を続け、行ったり来たりをしていたようです。そんな最中の2009年7月25日の隅田川花火大会当日に事故が起きてしまった様です。

 

翌日南北線東大前駅5分 日本医科大学付属病院入院

 応急処置が行われたものの、状態は良くないらしく、入院が必要になった。南北線東大前駅歩いて5分くらいのところにある、日本医科大学付属病院に入院する事になりました。

 レントゲンを撮影し、医師の説明を受けたところ、どうも良くない状態なことが分かった。画像からも、状態のマズさは見てとれ、大ごとであることが分かった。腰の骨の一部がつぶれており、真っすぐではなく、つぶれた部分から横にずれていることも分かった。

  見るからにひどい状態であることが分かったし、つらそうにしていた事から、なるだけ、通うようにし、語りかけるようにした。しかめっつらになりやすいタイプ。ただでさえ、それを好まなかったことから、できるだけ、話しかけるようにして、笑顔にしたかった。そんな想いから、毎日のように通っていたようです。

 2009年夏がはじまる。

 

日本医科大学付属病院(にほんいかだいがくふぞくびょういん)は、東京都文京区千駄木にある病院であり、学校法人日本医科大学の大学付属病院である。特定機能病院。 

日本医科大学付属病院 - Wikipedia

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2009.08.23 アンプ

 福岡でのイベント「ロックだぜ!2009」に出演。

 盛り上がりました。盛り上がったのはいいけれども、ソウ君が俺のアンプをすっ飛ばしまして、アンプが壊れました。ソウ君に怪我がなかったのは良かったですけど、俺のアンプが。初期MATCHLESSなのに。日本に3台しかなかったのよ。最近売ってるものとは訳がちがうんですよ。

 ライブ後、電源入れたら煙が出てきました。多分神に召されました。

 ライブはそれはもう楽しみまして、ハンドマイクで歌いあげました。今度レコーディングあるのにどうしましょう。頼むよ、ソウ君。 

 

2006年夏自殺未遂"消防車 救急車 パトカー”勢ぞろい

 2006年8月末、自殺を企図したらしい。

 足立区にある某病院を退院するも、状態は良くない。ぼんやりしており、イメージされる事は薄弱。イメージされる無いことは、表現としてあらわすことは出来ない。行動に起こすことも出来ない。

 イメージされる事、表現されることが一致しているなら、何もイメージされなかった。なにかを考え、想いだすことも出来ない。心配になり、母に説明を求めると、お隣さんの家の屋根を歩き回り通報されたらしい。"ドタバタとまるでルパンのよう”そんなことも言っていたかと記憶している。消防車、救急車、パトカー勢ぞろいするも、それもまいて得意げ。その際、お隣さんの屋根から飛び降りたらしく、負傷。かかとの痛みはその為か。

 あいさつを母に済ませ、自部屋に戻るも、リストカット、薬物大量服用を試みる。

 当時通っていた、品川区にある某大学病院に緊急搬送される。先日、付近に訪れたところ、だいぶ変わっており、TSUTAYAがあったりもしたが、いまでは、大学病院の記念館のようなものに代わっていた。

 話を戻すと、緊急搬送されると胃洗浄を施された。一命はとりとめるも、入院が必要になったらしい。足立区にある、某病院に入院する事になったようです。

 

2009.08.25 対談

 ロックインジャパンフェスで真心ブラザーズ兄さんと対談した。フェス特集号に載ると思います。

 撮影中、真心のお二人と撮影してたら、それを知らない民生さんが撮影に割り込んできたっていう。え、なんだ対談!?失礼しました~みたいな感じで一旦どこかに行かれましたけど、また民生さんの悪ノリでちょこっとだけ写真に写り込もうとしに来たっていう。笑いました。

 尊敬している方に好きっていって頂いて、真心のイベントにも誘ってもらって感謝してます。

 内容は濃いですよー。対談後すぐ僕らの出番!だったのであわただしかったですが。

 話変わって、また僕のパソコンの外付けHDDが思いっきり壊れたんでなにも出来ず、インターネットしていたんですが、ナタリーの真心特集、あれは必見です。面白かった~さすがです。

 また共演したい。そうだフジファブリックの自主企画ライブを久しぶりにやって(最近やってないな)、出てもらいたいなあ。なんかやりたいことが最近とても多い。とても良い傾向です。できる環境がとにかく嬉しい。なかなかうちみたいな流行に逆らっているバンドが、生きていられるのは素晴らしい世の中だと思いました。普通に感謝しています。

 パソコンが直ったら、また鬼の作曲マシーンになるよ。宣言します。ってかもう曲作っているけど、まだ秘密。

「A」を大事にし「i」と対話を繰り返す国体も良いものに

 イメージされないことは、表現としてあらわすことは絶対できない。身をもって知ることになる。自殺を企図したらしく、入院が必要なる。閉鎖病棟内で良くない事になったらしく、それが理由になって、記憶を失ってしまったらしい。病棟内の看護師の説明、用意してもらえた冊子にも、徐々に記憶が回復するとあったが、あれから15年近く経つも戻ることはない。ひとまず、その話しは置いておくとして、意識をとり戻すと、ボンヤリしており、イメージされる事は薄弱。表現されるものも、当然のように情けないものになる。当時のことを想い返すこともあるが、どれも、なさけないものばかりでイメージもしたくない。そのくらい情けないものばかり。手助けをしてくれていた周りの人たちも同様の想いにあったのではないか。

 ただ、想うことがあって、吃音のような状態が長らく続くも、結果として"i”との対話を繰り返し行えたことは良かったのではないか。ひとりの時間「A」を大事にし「i」と対話を繰り返す。

 「i」

 繰り返し対話を続けたiをまっさらなところに投影、表現、創造物としてあらわす。

 「AI」とは国体のことを示している。

育み続けたiを、見えるかたちに一致「国体」 

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2009.08.28 SWEET LOVE SHOWER 2009

 SWEET LOVE SHOWER 2009に出演。

 フジファブリック初出演。地元山梨でliveができて良かったです。フジファブリックチームは当日入りで、皆で車でいったら、渋滞に巻き込まれ、楽屋に着いたのが出演時間の20分前! あり得ない...あやうく出演キャンセルするところでした。僕のアンプも久しぶりに使うアンプだったし、サウンドチェックで自分で出て行ってセッティングするのはメジャーデビュー以来初めてです。

 とにかく、出れてよかった。無事にフジファブリックの夏のフェス終了です。

 そして、この日、なんと第二の僕の夢が叶うとの情報が! 詳細は相変わらず秘密ですが、みなさんビックリすると思います。出来るといいなあ。いや、やるよ。

背骨をボルトで固定する手術 リハビリが必要になった

 飛び降り騒動により、入院が必要になった。背骨の一部がつぶれてしまっており、ずれてしまっている。正常の位置に戻し、つぶれてしまった背骨の一部の回復をうながす。そのためにも背骨をボルトで固定する必要が有った。手術が行われた。

  無事、手術は済み、少しづつ回復してきた。車イスの段階になると、リハビリの話を聞くようになる。東武伊勢崎線鐘ヶ淵駅にある、東京都リハビリテーション病院に入院する事になった。

 

鐘ヶ淵駅(かねがふちえき)は、東京都墨田区墨田五丁目にある東武鉄道伊勢崎線の駅である。墨田区最北端の駅。

「東武スカイツリーライン」の愛称区間に含まれている。駅番号はTS 06。

鐘ヶ淵駅 - Wikipedia

2009.08.29 「かとを」という男

 「かとを」という男。フジファブリックのベーシスト。

 彼は最近おかしくなってきている。急にヒゲと眉毛を金髪にしてきて、どや?と。

 そして、免許をメンバーに内緒で教習場に行ってきて無事とってきたらしい。実は今教習所言ってきてさーみたいなこと普通言うだろう。去年の9月からずーと通っていたらしい。

 相変わらず、酒浸りでろくでもない男ナンバーワンです。そういう人って怖いよね。 

"i”と対話をつづけながら、より良いものを反映していく

 自分というものを大事にしたいと考えている。“i”と対話を続けながら育み続けていく。なるだけ、ひとりの時間を確保する必要があるだろうし、その中で対話をつづけ、育んでいく。育み続けていく中で、何らかの表現としてあらわしていく。

 イメージと表現されるものがかならずしも一致するものなら、自分の心のあり様というものも表現されるものから、イメージする事が出来るから、確認作業としても良い。日記とは、そういうものかも知れない。

 あらゆる場面に投影、反映させていく。良いと思えるものを自分のものとしつつ、対話をつづけ、繰り返し行うことで、自然とより良いもの、より良い国のかたち、美しい国というものもなるのではないでしょうか。

 

世界のエリートはなぜ「イスラエル」に注目するのか

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