東京、音楽、ロックンロールをベースに生い立ちを語るAi No Hoshi

 

 Fujifabric志村正彦さん『東京、音楽、ロックンロール 完全版』の中から、今回は、生い立ちを語るの項を参考にして、自己紹介のようなことを出来たら良いと思いますので、少しお付き合いいただけるとうれしいです。

 よろしくお願いいたします。

 

●まずは生年月日を教えてください。

「1974年6月6日です」

●生まれたのはどこですか?

「東京都小平市の病院らしいです。2日後の8日に、中野区に届け出を提出したようです。」

●家族構成は?

「父母の3人家族です。」

●初めての記憶って何ですか?

「埼玉県で暮らしていた頃の記憶になるのでしょうか。イメージとして記憶されているようで、イメージされたものを表現する。それは、言葉かもしれませんが、イメージに有るものを何かに置き換える事によって、表現がなされているようです。語彙を増やすと、より表現力が増すのではないのでしょうか。分からないところでもありますが。いずれにしても、文言として記憶に有るわけでなく、映像としてイメージされるものを、言葉に置き換えているといった感覚があるようです。その様にして、考えて行くと、映画を観るだけでも自分の経験に出来るとも考えられる事から、なるだけ、映画を鑑賞するのも良さそうですね。はじめての記憶というのとは、違いますが、そのようにかんがております。」 

●お父さんはどんな人だったんですか? 

「記憶をたどってみると、あまり家にいる印象はないようです。仕事人間と言えそうです。週に一回顔を合わすかどうかと言った感じでした。出張も多く、家を空ける事も多かった事から、母と過ごす時間が自然と多かったようです。自宅は文房具店を兼ねており、母が店主としてお仕事をしていました。共働き世帯と言え、自分が小さい頃から、母もつねにお仕事をしていましたから、働く女性というものを良いものと考えておりました。たしかに、さみしいという想いもあったようなのですが、それでも、働いている母の姿、また、表情というものも、振り返るなかでイメージされ、良いものとしてある事から、共働き世帯に関しても、問題とは考えておりません。どちらかというと、それ以外の場に問題があったようです。」

●どんな家庭だったんですか? 

「ルーツ探しのようなことを行っており、地元に帰った際、駅周辺を見てまわることも出来た。最寄り東急東横線綱島駅歩いて10分程度のところに街の映画館があり、土曜の夜に映画を観ることもあったようです。父は仕事が忙しいのか、家を空けることも多く、週に一回顔を合わせるかどうか。そんな感じではあったものの、土曜日に早く家に帰った際は、家族サービスのようなこともしてくれていました。振り返るなかで、イメージされる両親というものは、優しい表情をしており、少しかなしい気持ちにもなるようです。」 

●お母さんはどんな人だったんですか?

「記憶に有る母というものは、優しい母というイメージが強く、働き者でもありました。地元最寄り駅歩いて直ぐのところの幼稚園に通っており、授業を終えると母が車でむかえに来ている。母の運転する助手席に座り、ダスキンのお仕事について行ったこともあったようです。夏の日に、イメージされることがあって、母について行った、当時のこと。カーステレオから聴こえる、曲というものは、いまだ口ずさめるようで、遠い日を想うこともあるようです。」

 

東京、音楽、ロックンロール

東京、音楽、ロックンロール

  • 作者:志村 正彦
  • 発売日: 2009/05/01
  • メディア: 単行本