KANA-BOON『ないものねだり』 同じ心を有するから、形として現れたものに心を見る事ができる 

数字や色に心はない

同じ心を有するから、見える 

 色も数字も考えもの。 あまりにも色数字言うものだから、息苦しさを感じている。

 色や数字自体に心を見ているわけでなく、心ある人が表現した色や数字に同じ心を見ているだけで、数字や色自体に心があるわけではない。

 たとえば、「心」という字は四画になるけれども、全ての人の心が「四」という事で済ませるのか。ない。人の心だけ、数字があるはずだから、70億の人がいるのなら、70億の心があるはず。

見えるところだけでは分からない心

 心が形となって表現されたものが、国体とも言える。

 イメージされたものを、形として現れたものが、表現物や創造物となるだろうから、心を育むことから始める必要があるだろう。 

 何もないところに、何かがあるものとして、表現すること。創造することというのは、イメージされたものを、まっさらなところに投影し、表現する、創造すること。

 より良い心からは、より良い表現、創造物が形として現れる。

 文字通りにもなければ、音に現れているわけでもなく、イメージとしてあるだけだから、過去の積み重ねの中で育まれた心が、何かの形として現れている様。

阿吽の呼吸、ツーカーも積み重ねから

 今あるものからではなく、過去の歴史の積み重ねの中に自らも一部としても身を置き、育んだ心から、何かをきっかけに反映されたものと考えられる。

 表情や仕草からも、相手が何を考えているかわかる時がある。

 家族や夫婦なら特にそうなのかも知れないが、それは、共に過ごした時間から得られた情報から、判断しての事だから、日々の繰り返しの中から育まれた心から、何かをイメージしての事。

 それを阿吽の呼吸、ツーカーの仲というなら、そのようになる。

 

「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く

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  • 作者:清水建二
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心と形を一致させる“国体”

不自由さを幼少期から常に抱える

 不自由さを抱えており、それは幼少期からの悩みとも言える。

 おそらくその不自由さとは、周りと一致することない事から、育まれた心とも言えるから、もし育み直しをするならば、自分と同じ心を有しているものと何かを共にする事で、解消できるだろう。 

 同じ心を有すもの。日本を苦手としており、その心を育んだのも一致しない事から育まれた結果に過ぎず、日本そのものが合わないのとは違う。おそらく自分は、日本的な心を持っているはずだし、実際に国籍も日本人なのだから、それは、日本そのものと言っていい。

エキストラ、ゴーストライター問題

 にも関わらず、日本が苦手になっているのは問題と言えるだろう。何が日本を苦手にさせているのだろうかと考えた結果、ゴーストライター問題と言えるかも知れない。また、幼少の頃から、ステルスマーケティング、仄めかしや付き纏い行為のようなものもあった事から、こちらは設定の悪意という言い方もできるかも知れない。

 こちらは、エキストラ問題といえそうか。

 心が形として現れた様が国体なのだとすると、自らの意思で、表現、創造、行動を起こす事は、心と形を一致させる作業に他ならないし、日々の積み重ねの中で、繰り替え行う事により、より良い形として現れていく。より良い、心と体になるだろうか。

 よりよい国体。 

 

Porno Graffitti - Melissa 


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心を有してない“ないものねだり”

誰かの表現を自分のもの“国体と言えない”

 ゴーストライターがなぜ問題なのだろうか。

 心が形として現れた様を国体というなら、誰かが表現したものを自分のものとする事が、果たして、国体のそれと言えるだろうか。たとえ、それが良いものに見えていたとしても、自ら何かを表現しないものを国体とし続けて、より良いものと言えるだろうか。

 歴史の積み重ねの中に自分がいるのだとして、自分の育んできた心も歴史の一部にも関わらず、自ら心と形を一致させる事もせず、誰かの表現したものを自分のもとして、国体とし続けるのなら、歴史の積み重ねというものを蔑ろにしているようにも映るし、自分の心すら大事に出来ていない。やはり、ゴーストライター問題は深刻に映る。

過去の積み重ねを否定する事にもつながる

 自らの心を大事にしない事。自ら表現せず、誰かの表現を自分のものとすることは、“心と形は一致”ということからも、外れているから、国体という考え方からも外れる。また、自ら何かを作らないからこそ、人の作るものに心を見る事もできなくなる。

 心と形は一致しており、今あるものすべては、誰かの心が形として現れている結果。

 同じ心を有しているから、誰かの心が形として現れているものにも心を見る事ができるから、歴史の総体として現れているものが国体なのだとすると、それは、歴史の中で積み重ねてきた心の総体が形として現れたもの。

 心の結晶とも言えるから、自然と大事に思う気持ちも育まれていくはず。同じ心を有しているなら、自然とできる。

KANA-BOON / ないものねだり 


KANA-BOON / ないものねだり

ないものねだり

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